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2020年11月の記事一覧
琳琅 創刊号より「かんう」武村賢親
小羽千尋の視点1
吐き戻したものはいつもより黒かった。お昼に食べたおにぎりの海苔だろうか。渦を巻いて流れていく様子は鳩尾の気持ち悪さをそのまま目にしているようで不快だった。真っ黒な渦が透明に戻っていく。もとの沈黙を取り戻すまでじっと見つめていると、不意に、ふふふっ、と小さくせせら笑うような声が聞こえた。便座の蓋を閉めておでこをつけるように突っ伏すと、笑い声は少しずつ湿り気を帯びていき、やがては
琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親
鴇田重喜の視点1
いつの間にか隣に並んでいた小羽は二の腕を摩りながら白い息を吐いていた。預かっていたモッズコートを彼女の肩に羽織らせる。新宿駅西口地下広場はその無機質さも相まって地上よりも肌寒く感じた。通行人は目が回るほど多いが、僕らの撮影を気に留める人はいない。沢山の足音が広場の天井で反響し、鼓膜を包み込むように震わせて来る。右耳と左耳で聞こえる音の感触が違うため、この場所のような音の籠りや
琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親
井塚義明の視点2
大音量で流行曲のミュージックビデオを映し出すユニカビジョンを見上げながら、深く吸い込んだポールモールの煙を吐き出す。紫煙は風にもまれて跡形もなく空に溶けた。少し前まであそこは空き地で、PePe前の喫煙所はもうちょっと開放感のある場所だったんだけどなぁ、と感傷に浸る。LABIが建って、ここは少し窮屈になった。以前からごちゃごちゃした迷路みたいな街だったけど、景観を切り取るように
琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親
小羽千尋の視点2
トッキーは一眼レフカメラのモニターを確認するときだけ、かっこよくなる。撮影中は周囲の通行人や被写体であるわたしにこれでもかと気を配るくせに、撮った写真を確認するときだけは画面に全神経を集中してしまうので、わたしが所定の位置を離れて一緒にモニターを覗き込んでいることにも気づかない。無防備な彼の、うん、と小さく呟く声を聞くのが好きだ。
「次の場所、行こうか」
大ガード下をぬ
琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親
鴇田重喜の視点2
心臓が小さく早鐘を打っている。先程の小羽の行動には、正直焦った。遂にバレたかと思ったが、小羽が一番好きな手の組み方をしてやったら、特に疑うこともなく身体を密着させてきた。ちょろい、ちょろ過ぎるぞ、小羽、と自分のことを棚に上げてタクシーに乗り込む。
これから向かう佐久間は新宿御苑の方角にあって、少し距離が離れていた。電車で行こうにも、帰宅ラッシュで鮨詰状態の電車に小羽を押し