連作短編|揺られて(後編)❹|彩乃
都内の平日ランチタイムはどこの店も混雑している。このオムライス専門店も予約なしでは入れない。
ちょっとフェミニン寄りのオフィスカジュアル、憧れだったフェラガモのハイヒール、勝ち組ともいえる有名企業の同僚たちとのランチタイム。理想としていた人生は始まっていた。
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大学三年生の終わり頃から就職活動を始めた。大学の就活支援センターでは、この成績では絶対に無理だと言われたけれど、とにかく有名企業にばかりエントリーシートを送った。
送っても、送っても、不合格になりながらも諦めずとにかくエントリーし続けた。
何十社とエントリーしていくうちに、だんだん心も麻痺してきて、落とされても落ち込むこともなくなってきた。
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今の会社から長期インターンに来て欲しいとのメールを読んだとき、これを逃してはいけないと思い、とにかくインターン中に失敗しないように頑張った。
高級クラブでのアルバイト経験も活かして、言葉遣い、笑顔、しぐさ、歩き方、もちろん与えられた仕事のひとつひとつを丁寧にこなしていった。
髪型、服装、メイク、ネイル、華美にならないようにお金をかけて、柔らかく清楚でありながら、しかしアクティブに仕事のできる女子大生…と見えるように頑張った。
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合否に容姿は関係ないとよくいうけれど、そんなのは絶対に嘘だ。現にこの会社の営業部の女性たちはみんな美人だしスタイルもいい。間違いなく顔採用だ。
男性社員のお嫁さん候補として女性社員を雇った時代があると聞くが、現代でそんなことを企業が言えば一大事だ。しかし、まだその色は残っているような気がする。
女性を顔採用している自体がそういうことだろう。
男女平等を訴える女性からしたらとんでもないセクシャルハラスメント案件だが、そんなことはどちらでもいい。
だって、この会社の将来有望な男性社員と結婚するために入社したのだから。
内定が決まったときに、パパ活は卒業した。
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「江上くんと付き合ってるんだって?!」
唇についたデミグラスソースを舌で舐めながら、先輩が唐突に質問してきた。
「はい。付き合ってます」
「彼の家、会社経営してるんでしょ?」
「よっ!将来の社長夫人!」
同僚たちはスプーンを皿に置き、小さく拍手をしてくれた。
照れくさかったけれど、ぺこりと頭を下げた。
勝ち組の中の勝ち組となった挨拶だった。
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一年後に入社してきた江上くんは、K大学 法学部出身で就職試験では成績上位と職場で噂されていた。
顔もまぁまぁだし、出世しそうだし、彼と結婚できたら…と、入社研修を終えて同じ部署に配属された彼にアプローチしようと決めていたのだが、その必要もなく向こうから声をかけてくれたのだ。
「今度食事につき合っていただけませんか?」
心の中では飛び上がっていたけれど、そんなことは顔には出さないにきまってる。少し戸惑った顔をしてみせて、斜め下を見ながら沈黙を作り、そして顔を上げて彼の目を見た。
「いいですよ」
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同年代で車を持つ人はあまりいないけれど、江上くんはレガシィに乗っていた。レガシィは一番好きな車だ。入社してからローンで購入したという。
実家は繊維メーカーを経営している将来の社長なのに、親はお金をだしてくれなかったのかしら…と疑問に思っていると、まるでその心を見透かしたかのように彼は言った。
「親のお金に頼りたくないんだ」
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横浜へドライブ、人気のフランス料理店、夜景がきれいな公園…
まるで絵に描いたような理想のデートに酔いしれていると、彼が急に緊張し硬い表情になった。
「結婚を前提にお付き合いしてください」
断る理由などひとつも見当たらない。
「はい」
江上くんが抱きついてきた。
横浜の夜景と夕食のワインの酔いも手伝って、彼との初めてのキスはからだ中が溶けてしまいそうだった。
勝った…
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