17. 部署異動と社会人としての未来。

順調だった社会人生活に暗雲が立ち込め始めるのは、初めての人事異動からだった。

新規事業開発にいる時から、「ここ以外にいきたい部署がない」というのはなんとなく思っていた。あるとしたらひとつだけ同じような性質を持った部署があったので、そこくらい。

会社の根幹を担っているチケット関連の仕事には、正直魅力を感じていなかった。それは、その部署の人たちとの交流があまりなかったり、同期がよく愚痴をこぼしていたからかもしれない。

私のいた会社は、新人は大体2年くらいで異動するという噂があり、実際同期も1,2年の間に半分くらいは部署異動や部署内の担当替えがあった。

私は3年目まで新規事業開発にいることができた。自分が主体となってやった公演で一番大きかったのはオーチャードホールの公演、あとは先輩の後を引き継いだ子供向けクラシック公演の全国ツアーなど。
自分に自信がなく、公演の企画をばんばん提案できるようなタイプではなかったので、「与えられた仕事はできる」という感じだった。でも、会社としてはとても評価してくれていたと思う。周囲の期待も感じていた。

新規事業開発というのは、会社の中でも博打的要素が強く、勝つこともあるが負ける可能性も非常に高い。チケット関連の部門では手数料商売が基本なのでプラスになるのが当たり前だったが、イベントに投資するとなるとしっかりマイナスになることもある。仕事内容は魅力的でとても楽しいが、会社の中の立場は(特に上の人は)苦しいこともあっただろう。そんな中で私はただただ楽しく仕事をさせてもらっていた。

3年目の終わり、部長に呼ばれた。異動を告げられたときは、この世の終わりかと思うくらいショックだった。
異動先はチケット関連部門の営業。担当は遊園地やテーマパークなど、ということだった。

どうしたらいいか分からなかった。だけど、それで「その仕事興味ないんで会社辞めます」というほど、私はまだ何も考えられていなかった。

今思うと、「イベントの仕事がしたい」のその先が見えなくなっていた。せっかくの新規事業開発にいながら、独自の企画を生み出したり意見を問われても何も浮かばなかったりすることもよくあった。イベントの仕事に就くことがゴールになってしまっていて、その中で何をしたいのか?自分ならどんなイベントをやりたいのか?がなかった。
企業にいて、資金もあって、「山本のやりたい企画やりなよ」と言ってくれる最高の環境がありながら、私は苦笑いを返すだけだった。完全に環境に甘えていた。

心ここに在らず。
ぼんやりと過ごし、異動になった。

何も感情が起きない。
父に「興味ない部署に異動になった」と言うと、「同じ会社の中でも他の人がどんなことをしているか知らないことはよくある。それが分かるのは良い経験になる」と言われた。
ピンとこなかったけど、大人の考え方だなあと思った。

#日記 #生き方 #起業 #ライター #モデル #フリーランス #焼き菓子 #イベンター #退職まで #パティシエ #振り返り #フードライター #フードアナリスト #仕事観 #大学時代 #アルバイト #ライブハウス #音楽業界 #イベント業界 #就活 #秋採用 #音楽事務所 #イベンター #プロモーター


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?