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痛みをつたえる名文(好きな文章・04)

 前回の「『コインロッカー・ベイビーズ』その2(好きな文章・03)」で予告したとおり、今回のタイトルは「痛みをつたえる名文」です。タイトルどおりのテーマでお話しします。

 なお、この記事には、痛みに関して刺激的な記述と映像があります。ご注意願います。敏感な方は、避けてください。


痛みを他人につたえるとき


 自分の感じる痛みをお医者さんや他人につたえるときに、どうしますか? 

 錐で刺すような頭痛、分厚い布団で上から締めつけられているみたいな胸の苦しさ、針の上で寝ているような全身の痛み――みたいに、「〇〇のような」とか「〇〇みたいに」と比喩をもちいるのが一つの方法だと思います。

 ちくちく、ちくりちくり、ずきずき、がんがん痛む、ひりひり、ずきんずきん――のように擬態語をつかうこともできますね。日本語はこういう擬態語や擬声語が豊かで助かります。

 かなり正確に痛みを伝えられそうな気がします。たとえば、英語では、そんなに豊富ではないようです。

 ちくちく、じんじん、きりきり痛むなんて、口に出してそう言っただけでそうした痛みが感じられるようで眉をしかめてしまう自分がいます。私は暗示にかかりやすいのです。

痛みを表現する手段


 痛みを表現するのがもっとも得意な手段は何でしょう? 

 絵や写真、そして映画や動画の映像ように視覚に訴えるとか、話し言葉や書き言葉をもちいる、あるいは音楽や音といった方法が考えられます。

 映像なら、痛くさせている原因となる物や状況と痛がっている人とその様子を描いたり映したりするのでしょう。

 苦痛に歪む顔とか、ナイフが皮膚に刺さる場面とか、人がナイフを振りかざす姿のナイフだけが大写しにされるショットが考えられますし、あと血の飛び散った壁だけが写しだされるとか、漫画だと「ぎゃあああ!!!」なんて吹き出しだけのコマを、じっさいに見た覚えがあります。

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 見ているとこっちまで同じ顔つきになったり、瞬間的に写っていない部分が見えたりして、痛さがつたわってくるような気がします。敏感な人は気絶するかもしれません。

 映画で見るこうしたシーンやショットの特徴は、顔だけとか、目だけとか、口だけとか、身体の一部だけがクロースアップされることです。

 全部は見せない。ここがポイントです。映画でも小説でもあります。たしか修辞学的な用語もあったはずですが、専門用語は苦手で忘れてしまったので、手持ちの言葉と言い回しで説明を続けます。

ほのめかす、ちょっとだけにする


 ようするに、ほのめかすのです。一部分だけを映像や文章で見せて、全体像やその状況を、見る者や読む者の想像力にまかせるわけです。

 なぜこうするかというと、そのほうがずっと怖いし痛く感じるからです。性的な表現と同じです。ちょっとだけのほうが数段エロいですよね。

 この「ちょっとだけ」は痛みや苦しみにもきわめて効果的なのです。

 こうしたテクニックというか塩梅(あんばい)をうまくつかえる作り手が良質の作品を制作できるのでしょう。もろに出しては興ざめなのです。最初は食い入るように見たり読むでしょうが、すぐに飽きるという意味です。

 映画でこの種のテクニックがうまいのはアルフレッド・ヒッチコックではないでしょうか。

 上の動画では、シーンは直接的な映像がないという意味でシンプルなのに――いや、そうでもないかも――痛いし怖いしぞくぞくわくわくします。しかも飽きません。何度も鑑賞できます(私には無理ですけど)。

 いずれにせよ、直接的な映像がないのに――部分を写してほのめかしているだけです――、見た後で直接的な映像――つまり部分ではなく全部――を見た気分にさせるテクニックはすごいと思います。

 なんと言っても感心するのは、最後にアップで写る、見開いた目です。「直接」と「全部」を見ていたにちがいない「目」が、「間接」と「部分」だけしか見ていなかった観客たちの心と魂を揺さぶります。

 光を反射しているあの濡れた瞳が、刺すのです。あの眼差しが、指すのです。差す、指す、刺す、射す、挿す、点す、注す、鎖す。視線は暴力なのです。⇒ 「「移す」代わりに「映す・写す」」

 痛みや苦しみを見せるための映画といえば、ホラー映画やスプラッター映画でしょう。私はこういうジャンルがきょくたんに苦手でほとんど見たことがないので、残念ながらここでは扱えません。

スティーヴン・キング、村上龍、江戸川乱歩


 ただし、スティーヴン・キングの小説や、それが原作である映画は好きです。キングの小説は一時期、新刊が出るたびに買っていたので、いまも段ボール箱にいっぱいあります。

 あと、ホラーやスプラッターの要素がある小説だと、村上龍と江戸川乱歩を挙げないわけにはいきません。

 スティーヴン・キングは状況や設定で読ませます。痛みというよりも広義の苦しみや恐怖が描かれている作品で傑作だと思うのは、長編では『ミザリー』、中編の『超高層ビルの恐怖』、短編だと『第四解剖室』です。⇒ 「小説の執筆をライブで見る(小説の鑑賞・05)」

 村上龍は身体に訴えるパワフルな描写で読者を圧倒します。痛みと苦しみに焦点を当てるなら、お薦めは『コインロッカー・ベイビーズ』、『イビサ』、『トパーズ』(短編集)、『イン ザ・ミソスープ』です。

 江戸川乱歩は奇想と何げない文章で読者を悪夢にさそいます。肩に力が入っていないようで凝っているとか、巧まないようでじつは巧んでいる文体が特徴です。痛いよりも切なくて苦しいが得意だと思います。『鏡地獄』『踊る一寸法師』『芋虫』『人間椅子』といった短編が読みやすいです。

痛みを伝える名文


 言葉の喚起する痛みのすごさを実感するには、日本語を母語とする人にはやはり擬態語とその関連語がいちばんではないでしょうか。そのすごさを実感するためにお薦めしたいのが、辞書の説明と例文です。

 ちくちく、ちくりちくり、ずきずき、ずきんずきん、しくしく、ひりひり、がんがん、しみる、ひりつく、差しこむ、うずく――で試してみてください。例を挙げます。

・錐をもみ込まれるように鋭い痛みが持続するさま。「胃がきりきりする」【広辞苑より】
・傷口などが脈打つように絶えず痛むさま。「虫歯がずきずき(と)痛む」「頭がずきずきする」【デジタル大辞泉より】

 名文だと思います(きりきりの項で「錐をもみ込まれるように」とあったのには笑いそうになりましたが)。

 シンプルです。読んで痛くなります。飽きません。

 声に出して読みたい名文ではありますが、悪夢を誘発する恐れがあるので、暗唱はお勧めできません。


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