見出し画像

東京日朝焼肉大戦争血風録(7)

 金網は活気を取り戻した。じりじりと七輪の中で沈黙していた炭は、再び赤く光り熱を発す。肉は脂を滴らせじゅうじゅうと歌い出す。そして、各人の前には雪見だいふく。想像もつかない恐ろしい儀式めいたものが始まるような予感がした。

 異端児がひょいっと箸を伸ばし肉を食べる。咀嚼する。ごくんと飲み込んだ。直後、異端児は雪見だいふくに手を伸ばし、口に含んだのだった。すると次の瞬間、異端児の顔が確かにゆるゆると、情けないまでに緩んだのをぼくは見た。

 そこにいる在日コリアン全員が同じことをしていた。そして一瞬、全員が情けなく愉悦の表情を晒したのだった。

 真似をして見る。まず肉。焼きたての肉はもちろん熱い。ほふほふと咀嚼し飲み込み、雪見だいふくを口に含むと…。もち部分は平熱を保っている。そのまま歯を下ろすとアイスの冷気が口を占領する。

 その直後だ。口から喉。そして脳までが一気に弛緩する。思わず垂れそうになるよだれを飲み込んだ。そして再び熱い肉を含む。蒸気機関車のロッドと動輪が回転するかのような往復運動。

「サウナだ」。ぼくの呟きに老人が頷く。これはハーモニー、調和ではない。上書き保存だ。徹底的に前の熱をせん滅し、新しい熱が支配する。まさに熱量のジェノサイド。肉の熱さをもちの平熱が上書きし、もちの平熱をアイスの冷たさが上書きする。そして再び肉の熱さが上書きする回転運動。これを短時間に繰り返すことにより、急速に口の中がサウナ化し”ととのう”のである。焼肉と雪見だいふくが口内にサウナを作ってしまったのである。

「待て。これはシングルじゃない。ダブルだ」。続いてのぼくの呟きに異端児がウインクする。気持ち悪い。熱と同時に味覚もまたサウナ化していたのだ。肉のたれの辛味を餅の中間の味が、餅の味をアイスの甘さが上書き。味覚をジェノサイドしていくのである。口の中で繰り返されるジェノサイド。乱暴に急速にととのわされる頭部。押し寄せる脳への快感。繰り返される味の上書き保存。打ち消される味の悲しみと、やって来る新しい味の敢然たる存在感。間違いなくダブルサウナである。

 脳は既に思考と分析を放棄しなすがまま。手と口と喉は反射的に肉と雪見だいふくの間を往復し続ける。ただただ快感を追い求める。

 ぼくはいすに身を任せた。さらに恐ろしいことに、異端児は近くにやって来た女子学生の売り子を呼び止め、キンキンに冷えた缶ビールを人数分買い求める。そしてぼくを指差し「あの兄さんにはサイダーな」という。やめろ。やめてくれ。お金を受け取った女子学生がぼくにサイダーのペットボトルを満面の笑みと共に渡してくる。感情とは裏腹に手が伸びる。やわらかな女子学生の指が一瞬、ぼくの指に触れた。

 異端児は缶ビールの栓を開けるとぐいっと一気に傾けた。ごくり、ごくりとのどが鳴らし「ぷはぁーー!」と叫ぶように言った。ぼくもサイダーを飲みながら「たまらねえ!」と叫んでいた。日朝共にトリプルサウナが成立した瞬間である。

 サウナに冷水風呂。さらにビール。短時間での複数回の往復が何をもたらすか。賢明な読者のみなさんは経験的に知っているであろう。満ち満ちる幸福感と絶望的なまでの倦怠感である。やる気ゼロ。

 取材を終えておいてよかった。この後取材なんて出来るもんか。もう動けない。もう働かない。仕事が何だってんだ。社会が何だってんだ。知らん。もうどうでもいい。やる気マックスオリックス?ばっかじゃねえの?諦めと怒りと笑いが入り混じる。脳がぶっ壊れてるんだ。ぶっ壊れちまったんだ。みんな同じだ。異端児も、老人も、痩せた男も、笑顔の男も、女性も、みんな動けなくなっていた。

 ステージでは何かダンスのようなものをしているようだ。目で追うのがやっとでシャッターを切る力も残っていない。しばらくするとある程度の耐性のある在日コリアンたちは活力を取り戻し何か、楽しそうに話をしているのだが、ぼくは会話をふられても満足に相づちひとつうてなかった。でもそれを誰も非難しなかった。

 時間は過ぎる。秋の夕陽が傾く。陽気なメロディが流れ始めた。するとがばっと在日コリアンたちが立ち上がった。ぼくも立ち上がる。シナプスが繋がり、ギリギリの理性が戻っていた。ぼくは全員を置き去りにし校舎の2階廊下に向けて走りだした。「先生!しっかり撮るんやで」。異端児がいう。ぼくは返事がわりに一眼レフを持ち上げた。

 フィナーレが、始まる。
               つづくのだ!

#コラム #エッセイ #北朝鮮 #北のHowto #出版 #焼肉 #在日 #編集者さんとつながりたい #北朝鮮 #日朝関係 #在日コリアン #雪見だいふく #ロッテ #ホルモン #東京 #小平 #鷹の台 #朝鮮大学校 #グルメ #美味しんぼ #カルビ #ハラミ #購買 #オタク   #はじめてのおつかい #韓国 #コカ・コーラ #高田純次 #韓国 #ビール #サイダー #ジェノサイド

サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。