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日記+α #5 アーティゾン美術館『ABSTRACTION』
暑い。
今年の太陽はいつになくやる気に満ちていて、自分の周りをブンブン飛び回っている地球とかいう青く澄ました癪に障る羽虫、そしてその表面に付着している芥子粒みてーな人間なる生物を丸ごとウェルダンにしてやろうという気概を感じる。
アーティゾン美術館の『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ』(以下、長いので『ABSTRACTION展』とする)
日記+α #4 『アルフォンス・ミュシャ展』、ポップカルチャー、八王子
先日、八王子市夢美術館へ『アルフォンス・ミュシャ展』を観に行った。
前々からミュシャの絵を生で観てみたいと思っていたところ八王子でやっているという情
を終了2週間ほど前に得て、ギリギリで観ることができたという次第。
ぼんやり待っているだけで望んだ機会が来るのってすごいな。これが都会なんすわ。スローライフって何も起こらなすぎて時間の感覚がゆっくりになってるだけだからね。気をつけてね。
東京に
読書感想文#5 それってあなたの信仰ですよね?/ブレーズ・パスカル『パンセ』
岩波文庫版、『パンセ』の上中下あるうち上巻を読んだ。 書籍情報は以下。なお引用は他記載無い限り下記から。
ブレーズ・パスカル (塩川徹也 訳), “パンセ(上)”, 2015, 岩波書店.
予め断っておくと、上記の通り全巻読み通したわけではないから、全部読み通したら印象が変わるのかもしれない。といっても、本屋で中・下を眺めたところあまり印象が変わらなそうだったので読むのを辞めてしまった。
『
日記+α #3 「The Original」展を観た。そして港区。
今回はいつにも増して書きなぐっただけのただの日記
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「The Original」なる企画展があるとのことで観に行った。どうやらいい感じのデザインのプロダクトが展示されるらしい。
会場である21_21 DESIGN SIGHTは東京ミッドタウンの中にある。
東京ミッドタウン。
それほど東京の真ん中か?と疑義を呈したくなる位置にあるが、港区にあるあたりエコノミックアニマルたる我々の欲望の
ダイエット中でもハンバーガーとか食いたい
最近ちょっとしたダイエットをしている。
でもダイエットしていてもハンバーガーとか健康に悪そうなものは食べたい。
いや、ダイエット中に食べる不健康食が一番美味いのであり、むしろダイエット中に健康に悪い飯を食うためにダイエットしている。
人はなぜダイエットをするかというと、ダイエット中ないしダイエット直後の健康に悪い食事を美味く食うためである。
あるいは健康寿命を伸ばすことで一生のうちの不健康食
日記+α #2『ダムタイプ|2022: remap』を観に行った話
ダムタイプ|2022: remapを観に行った。
会場であるアーティゾン美術館はJR東京駅八重洲中央口から徒歩5分くらいの場所にある。
ご存知のように東京駅というのは新幹線の発着駅であり、国内外の旅行客が多い。
ビジネス街のようなやや硬質な街並みと、幸福そうな浮かれた雰囲気の人々2,3人が集ってわらわら歩いているのが妙なコントラストを成していた。
自分のような辛気臭い人間がここを歩くと、この空
2023年版新年の抱負
今年の目標を発表します。
身長を2mにする身長を2mにするとどのようなメリットがあるのでしょうか。調べてみました。
身長が2mになる(200cmです)
身長が2mになります。手を伸ばすと2m60cmくらいです。
NBAが視野に入る
NBA選手の平均身長は2m前後だそうです。パワーフォワードは平均2m強、センターに至っては2m10cm近くあるらしいので、体格優位を狙うにはポイントガード、シュー
日記+α #1『アーツ・アンド・クラフツとデザイン』展に行った話
先日、府中市美術館で開催されている『アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで』を観に行った。考えてみたら都内で23区外に出たのは初めてかもしれない。
デザインという分野については(自分の美的センスは一旦置いておくとして)興味があり、デザイン史についての本を読んだりしていた。「アーツ・アンド・クラフツ」という語はそうしたデザイン史の教科書には序盤に出て
読書感想文#4 自分の言葉ってなんだよ/古田 徹也『言葉の魂の哲学』
↑単なる書籍紹介として素のAmazonのリンクを貼っているだけなので本感想文の著者に一銭のインセンティブも与えたくない方もご安心ください。
軽い言葉は使いたくないな~なんて思いつつ、学生の時分は気づけばそもそもコミュニケーションが発生しないソロプレイヤーになり、会社員になってからはそうも言ってられないことに気づいて、「つまんねーこと言ってんな」なんて自嘲しながら最大公約数的で毛づくろい的な言葉を
読書感想文#3 何者かであるということ/J. D. サリンジャー『フラニーとズーイ』
nobody「何者かであれ」という圧力に外的にも内的にも晒され続ける現代人にこれほど刺さるフレーズがあるだろうか。
『フラニーとズーイ』という作品は、ただこの一文のためだけにでも読む価値のある小説だと思う。
惜しむらくはこの英文は日本語にするとどうしても重要なニュアンスが抜け落ちてしまうことだ。
ここで村上春樹の訳を引いてみる。
これは恐らく、フラニーが演劇を辞めてしまったという文脈を重視して
読書感想文#2 ストレイ・シープ達の足跡/夏目漱石『三四郎』
『三四郎』について「文豪」
統計的に言って、文豪という単語と最も強い結びつきを持つ作家は夏目漱石であろう。
文豪という響きに対して苦手意識を持っていたかつての私は、漱石のような高尚な作家の作品が自分に合うことはないだろうと意図的に避けていたように思う。
初めて『三四郎』を読んだとき、それは大いなる誤解であったと感じざるを得なかった。
『三四郎』の読みやすさ
カテゴリとして、『三四郎』が大衆小
読書感想文#1 福永武彦『夜の三部作』
福永武彦が好きだ。と言って趣味が合ったためしはない。それどころか福永武彦を知っている人と会ったことがない。そもそも読書が好きだと言う人にほとんど会わない。いわゆる純文学っぽい作品ならなおさらのことだ。
福永武彦を他人に紹介しようとしても上手く言葉がまとまらない。少なくとも私が今まで読んだことのある作品はすべてひたすらに「生」「死」「愛」「孤独」などの形而上学的なテーマを過剰なまでに叙情的かつ内省