高梨ぽこ

書店員、一児の母。小説を書いています。日々のことや本のことを書こうと思っています。オフラインな生活を送って来ましたが、自らのオンライン化に挑戦。ネットへの苦手意識を拭うべく。

高梨ぽこ

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    • バイオリニストと万年筆

      小説。小説家志望の「私」と、左利きのバイオリニストである「彼」のおはなし。ドイツと日本で手紙の交換をはじめ、それぞれが抱える葛藤を少しだけ前進させるまでのこと。

    • スーパーかあちゃんへの道

      コロナ休業が明けて仕事が始まる。でもこのまま突入したら仕事と子育てに忙殺されてフラストレーションで死亡するわー。というわけで、なんとか時間をひねり出すための七転八倒。

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    ポストヒューマニティーズとはなんぞや⑩

    前回はカンタン・メイヤスー。 今回はグレアム・ハーマンです。 ハーマンはハイデガーを中心に研究する、アメリカの哲学者。 ハーマンの相関主義の乗り越え方は、「オブジェクト指向哲学」と名付けられている方法。通称「OOP」と呼ばれたりしているらしい。 『現代思想2019年01月』の飯盛元章の寄稿文によれば、 オブジェクト指向哲学とは、個体的対象(オブジェクト)を究極の立場とみなす立場である。(中略)すべての対象を平等に哲学の出発点とみなそうというのが、オブジェクト指向哲学で

      • ポストヒューマニティーズとはなんぞや⑨

        今回は、ポストヒューマニティーズの中でも特に「実在論的転回」に含まれる考え方を詳しく見ていく。 実在論的転回に含まれそうな論者は若い学者が多く(そして日本で翻訳されているものも少ない)、古典の解釈の仕方もバラバラであれば、人間不在に至るプロセスもバラバラ。まとまった言葉でくくるのはとても無理のある状況らしい。 「棚を見やすくしたい」と願う書店員泣かせな潮流だ! 「まとめ」を拒絶するこの新潮流を紹介するには、この人はこういう考えらしい、というのを学者の数だけ列挙していく、

        • ポストヒューマニティーズとはなんぞや⑧

          ちょっと間が空いてしまった。 前回の続き。ポストヒューマニティーズとは、「思考する人間」がいて「思考する対象であるモノ」がある、という人間ありきの世界観を乗り越えようとする試みであり、どう乗り越えようとするかは哲学者によって多種多様、というところまで書いた。その多種多様をまとめてみよう、というのが今回。 岡本裕一朗の「いま世界の哲学者が考えていること」、青土社の「現代思想2019年1月号」などを参考に、いろんな資料をかじり読みしながら照らし合わせて考えてゆくことにする。

          • ポストヒューマニティーズとはなんぞや⑦

            とうとう色々すっ飛ばして現代までやってきました。 『寝ながら学べる構造主義』の後は『いま世界の哲学者が考えていること(岡本裕一郎)』を読んでいます。この本は2016年出版。それからさらに5年経っていますので、いまとはまた状況が違うのかもしれませんが、とりあえず本題のポストヒューマニティーズに入って行こうと思います。 ただ一つ私の中にまだはっきりしていないのは、「構造主義」と「ポスト構造主義」はどう違うのか?というところ。「ポスト構造主義とは、構造主義を批判的に受け継いだ思想

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            ポストヒューマニティーズとはなんぞや⑥

            まだまだ構造主義を追いかけていて、ポストヒューマンにはほど遠いのだが、今回はミシェル・フーコー(といっても、あとレヴィストロース、ロランバルト、ラカンがいるのだが、飛ばして一気に現代に飛ぶかもしれない。時間がかかりすぎるので、一旦割愛して、また時間のあるときに戻ってこようと思う。とにかくポストヒューマニティーの棚を作らねば本末転倒)。とはいえフーコーの著作は、最近の哲学の本を眺めていても引用されていることが結構多い気がするので、まとめておきたい。 『寝ながら学べる構造主義』

            ポストヒューマニティーズとはなんぞや⑤

            マルクス、フロイト、ニーチェ、ときて今回はソシュールをまとめる。 ソシュールは構造主義の父、とも言われる。『寝ながら学べる構造主義』をもとに、その所以を自分なりに書いてみようと思う。 以下は過去の自分の記事だが、ソシュールのことを説明するのに役に立ちそうなので引用。 ソシュールは、「言葉とは『モノの名前』ではない」ということを言い始めた人。 水の中に足が8本あるヌルヌルした生き物がいるので、これは「タコという名前にしよう」とモノに名付けていった、というのがそれまでの西洋

            ポストヒューマニティーズとはなんぞや④

            内田樹の「寝ながら学べる構造主義」を読み、まとめている記事です。哲学書コーナーづくりに悩む書店勤務のわたくし。 構造主義、ポスト構造主義、ポストヒューマニティーズをぼんやりふんわりと理解し棚づくりに活かしたい、哲学初心者のメモがき。 構造主義、というやつは、それまで人の内面、存在、が重視されてきた考え方から、「人は自分の内側で、自分の感性に従って考えるのではなく、外側の要素によってその考え方を規定されている部分が多くあるのではないか」と、考え方が大きく転換したムーブメントの

            ポストヒューマニティーズとはなんぞや③

            「ポストヒューマニティーズ」とは「ポスト・ポスト構造主義」とも言われ、いわば「ポスト構造主義以降」ということらしい。 ということは、「ポスト構造主義」とは何か、あるいは「構造主義」とは何か、ということを理解する必要がある。 それ以前の古代哲学、近代哲学については軽めに流しつつ、構造主義以降は少しだけしっかりめに掘り下げてみようと思う。 まず選んだのが内田樹の『寝ながら学べる構造主義(文春新書)』。 構造主義が確立される直前の、構造主義前夜の哲学(マルクス、フロイト、ニーチェ

            ポストヒューマニティーズとはなんぞや②

            ポストヒューマニティーズとは 「人間中心主義を脱し、人間なき世界を思考する」 らしいのだが、まずこの「人間中心主義」とはなんなんでしょうか。wikipediaで調べてみると、 「自然環境は人間によって利用されるために存在するという信念」 って書いてある。これで思い出したことがあったので、正しいかどうかはさておき個人的なメモ書きも兼ねて書いておこうと思う。 動物が絶滅したらなぜいけないんだろう。と思ったことがある。創作の資料か何かで、生物多様性についての本を読んでいた

            ポストヒューマニティーズとはなんぞや①

            書店で働く私。去年の初夏あたりから人文書担当になったのだが、自分で並べていて、この本はなぜここにあるんだろう。一体自分は何をどう分類しているのだろう? と茫洋とした気持ちに陥ること多数な専門書のジャンル。カルチュラルスタディーズって何。ポスト構造主義は何順なの。心理療法各論のなんたら療法の違いとは。ていうかまず「人文」て何。というレベルからの出発。 ただでさえそんな状態なのに、最近になってまた訳のわからない新しいカテゴリーが出来た。その名も「ポストヒューマニティーズ」。ポス

            町田康「告白」を読みだした

            ああ、なんか暗い自分。こんな時は好きな作家の本を読むなどして。と思い満を持してあれを読む。町田康の「告白」である。「告白」は町田康を代表する大長編小説と言われ、平成の30冊にも数えられ、これを読まずして町田康を好きなどというなかれと言ってもいいくらいの小説だ、とえらい批評家の人がいかにも言いそうな一冊なのである。 これを私はまだ読んでいなくて、買ったきり大切にブックカバーをかけて決して娘の手が届かない本棚の一番上の、玉座にしばらく祀っておいたのだが、小説というのは読まねば意

            地下にいる、いた、いたい?

            今年に入ってから、心境の変化があって、作品を量産しては公募に出すということをやっていた。2ヶ月が経過して、詩やらエッセイやら短編やら、色々なんでも、締め切り順に書き飛ばして応募してみた。 というのも、二十代中盤くらいからずっと、それなりに長いもの(といっても10万字くらい)を長いスパンをかけて書いていくということをやって来て、ここへ来てあんまりに筆が遅いんで(子供も生まれて、1日の作業時間がどうしても短い。ちょっとしたやることがインサートされただけですぐ書けなくなる。集中力

            『滅びの前のシャングリラ』を読んで

            凪良ゆうである。 本屋大賞を取った前作がとても面白くて気になっていたところ、職場の同僚に借りて読んだ。 今回もまた面白かった。 前作でもほんのりと感じていた、「通底する幸福の気配」のようなものが、また本作にもあった。 あらすじだけ聞けば、終末観溢れる世界だ。 隕石衝突により、人類滅亡がほぼ確定した後の世界。 絶望寸前の生活を送っていた五人の主人公たちが、人生の終わりを宣告され、それぞれに「幸せ」を見出す話だ。 まだ2作品しか読んでいないが、この作者の軽快さは読んでいて気

            「たった一文字の『み』が指すこと」♯ことば展覧会

            1歳9ヶ月になる娘が言葉を覚え始めている。 好きなものに関しては無限のスポンジ能力を発揮し、 ・ぜんちけいたいおうしゃ(全地形対応車) ・バッファ(きかんしゃトーマスの部品) ・コーヒー豆の貨車(きかんしゃトーマスに登場) などを判別できる。「全地形対応車どれ?」と尋ねると、正しいものを指差せるという具合だ。 一方で、自分で言葉を発するのはまだまだ単語にも満たないレベルで、 ・ぬ(服を脱ぎたい) ・ば(バナナが欲しい) ・とーと(お父さん/トーマス/ゴードン

            『地球にちりばめられて(多和田葉子)』を読んで

            多和田葉子との出会いは国語の教科書だった。「椎間板ヘルニア」という言葉について掘り下げたエッセイ?みたいな作品が載っていて、何だか変なことを考える人だなあと感じて、私の中で引っかかっていた。それから、「犬婿入り」という小説を読んだと思うのだけれど、もう10年以上前のことでよく覚えていない。 「地球にちりばめられて」は、発売したときからいつか読むんだろうと思っていた作品だが、ようやくここへ来て購入し、あっという間に読了した。自分の中で重要な作家との出会いは、ちゃんと自分でわか

            落ちながらにして平静。「クラクラ」最高。

            音楽のはなしだ。 クラクラ=クラックラックス =CRCK/LCKS。 いまは「Get Lighter」という曲にハマっている。 落ちても落ちても、気づくと元の場所に立たされているような感じが、まさに文字通り、クラクラする。気付け薬のようだ。気絶する寸前に嗅がされて、意識を揺り戻されて、人混みの中に背中をばん!と押される。その繰り返し。 意識が落ちそうなギラギリのところで、でも絶対に考えることをやめない。 感傷を払い飛ばして平静。 「ふりさけみれば」という昔の言葉が