都会の美容院
先日、故あって都会の美容院で髪の毛を切った。
入口が三つもある建物の、狭いエレベーターをようやく探し当てると、緑のキャップをかぶって黒いミニスカートを履いた学生らしい女の子が立っていた。小柄ですらりとしていて、ちょっと気怠げなところも様になっている。彼女もエレベーターに乗るようだ。
ディスタンスも取れないような小さな箱に押し込まれ、たどり着いたのは同じ階。この子も髪を切るのか。緑キャップのオシャレ女子になんとなく気圧されながら後ろに続き、いらっしゃいませ〜と間延びした声に迎えられる。
駅かよ、という量のロッカーがずらっと並んでおり、その中に荷物を入れるようだ。どこでもいいんでしょうか、と生真面目に問うと「どこでもどうぞ〜」と調子のいい返事が帰ってくる。ロッカーの中には透明バッグが入っていて、貴重品はそこへ入れて席まで持ち運ぶのだという。健康ランドへでも来たような気持ちだ。
それから席に着くと、こちらへどうぞ〜と、今度はスーパーで肉などを入れるビニール袋を差し出される。意味がわからず「え?」と聞くと、マスクを入れるのだという。マスクの代わりに、ティッシュを半分に折りたたんだサイズくらいの紙に、テープが二枚貼られたものが登場する。
テープは壁に掲示物を貼る時のように両上隅に貼られていて、ではこの掲示物はどこに貼るのかねと思っていたところ、私の両頬に貼られた。
もしもこれが都会の美容院でなければ、「は?」と言っていたと思うが、ここは都会の美容院なので、私はこう思った。
都会ではこういうのが主流なのか。
都会の方針なのかこの美容院の方針なのか知る由もないが、とにかく私は両頬にテープを貼られ、真っ白い掲示物を口元から垂らしている人となった。
そしてお飲み物はいかがされますか、というのでジャスミンティーを頼んだ。ファミレスのドリンクバーの方がまだまともだと思われるジャスミンティーを口にし、しばし待つ。
しかしジャスミンティーを飲むのにも、掲示物が邪魔だ。
担当のお姉さんが、「お待たせしましたー」と調子よくやって来るころには、垂れ下がった掲示物がジャスミンティーに浸ってしまい、私はびちゃびちゃになっていた。
「都会ではこのスタイルが主流なんですか」
「さあ〜。うちはこれですけどね〜」
「慣れないもので、びしゃびしゃになってしまいました」
「あはは。交換しますか?」
「いや、いいんです。びしゃびしゃだなーと思われたら恥ずかしいので、びしゃびしゃなことはちゃんとわかってますよって先に言っただけです」
お姉さんは手を打って「受ける〜」と笑った。
お姉さんは、歯に衣着せぬ物言いで私の髪質についてとやかく教えてくれ、あっという間に切り始めた。
「最近仕事でこの辺りに来ることになったんですけど、ランチとかオススメのお店あります?」
という趣旨のことを聞くと、この辺りはラーメン屋が多いと教えてくれる。
「でも一番おすすめなのは、ちょっとこの辺りじゃないんですけど、パキスタン人の方がやっているラーメン屋なんですよ」
「なんだかカオスですね」
「と思うじゃないですか。でもすごい混んでるんですよ〜。しかも私、アジア系の料理って嫌いじゃないんでー、結構ハマりました」
「この辺もアジア系のお店結構多いですよね」
「そうですよねー」
「私もタイ料理とか好きなんです」
「私も嫌いじゃないんですよ〜」
嫌いじゃない。
好き、とは違うのか。
「インドネシアとかベトナム系もありますよね」と私。
「ベトナムのパン!」
「バインミー!食べましたー」
「鯖食べました?」
「やっぱり鯖なんですね〜。職場の人にも鯖勧められました」
「そうー、嫌いじゃないんですよね〜」
好きとは違うのか!
「すっごい美味しかったです!びっくりしました。美味しいですよね?ね?」
「嫌いじゃないんですよね〜」
「………」
都会の美容院に屈した1日だった…。
(執筆時間28分)
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