乳癌ではなく
自分の胸に意識を向けた時、
痛むのは、乳癌ではなく、
胸の真ん中の奥でした。
そこにあるのは、胸腺。
その痛みをずっと感じていると、
心臓の鼓動を感じました。
日常を過ごしていて、
自分の鼓動をこんなに感じることってあるかな?
そう思いながら、心臓の鼓動を聴いていたら、
胸腺の痛みが和らぐのを感じました。
乳癌は、そんな心臓と胸腺を守りたくて、
表に出てきてくれた現象であり、
結果であると感じています。
長年、自分をどう扱ってきたかの結果。
踊らされるのではなく踊るとは、
自分が奏でる心臓の音を聴いて、
そのリズムに合わせて生きること。
それが自分を生きること。
他人がどう思っているか
その音ばかりを反射的に聴こうとしている人は多いですよね。
わたしもその一人でした。
オーケストラに例えると、
自分の音も聴かずに、
人の音ばかり聴いて、
いい演奏をしようとしているようなもの。
他人を知ろうとする必要は
ないのかもしれません。
そう言うと、
「なんて自分勝手な!」と思われますか?
けれど、自分の音が聴けないのに、
他人の音などもっと聴けるはずもなく。
自己理解の土台の上に、
他者理解があるからです。
ということは、
誰かを無理にわかろうとしなくても、
自己理解が進めば、
自ずと他者理解も進むのだと思います。
大切な人と、かみ合わないと感じる時は、
そもそも自分と、かみ合っていないのかもしれません。
だから、わからないことは、わからないでいい。
誰にでも、共感する必要はないのですから。
1年くらい前に、ふと、
「ただ踊っていればいいらしい」と思ったのですが、
それが何の例えなのか、どういう意味なのかは、
わかりませんでした。
踊らされるのではなく、踊る。
それが、少し分かったみたいです。
というわけで、
七夕は、浴衣を着てこちらで踊ってきました♪
人の目を氣にするのではなく、
自分に必死になれる時間ってイイですよね(笑)
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わたしは、恐れではなく愛(祈り)を
あなたに贈りたいから。
当たり前と書いて奇跡と読みます。
当たり前の今日に、
あなたの存在と全ての出来事に
感謝を込めて。
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