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第212号『ドラゴンボールから学ぶことは一つも無い』

最近、鳥嶋和彦さんとお会いする機会が多い。

鳥嶋さんとは言わずと知れたあの『ドラゴンボール』を生み出した鳥山明先生の編集担当だった人です。

私自身が少年ジャンプ=集英社と仕事をするようになったのはもちろん『NARUTO-ナルト-』がきっかけで、それはだいたい今から20年くらい前の出来事。(2000年くらい)

なので私が集英社を出入りするようになったタイミングでは鳥嶋さんはすでにもう現場にはいなくてとっくに偉い人(役員)になっていたので、イベントなんかでご挨拶する機会はあっても個人的に色々話せるような距離感の人ではありませんでした。

しかしそんな鳥嶋さんは現在は集英社の人では無くて白泉社の人。(2015年から白泉社の代表となり2018年からは会長を務められています)

不思議な縁もあって何故か私自身最近になって鳥嶋さんとお話しする(飲む)機会が増えてきました。

それはイベントだったりラジオ番組だったりただの飲み会だったり。

“いや、松山君のことは認識してたんだけど今までなかなかこういう機会も無かったのが不思議だよね”

なんてことを屈託のない笑顔で語ってくれたりするようになりました。

今回はそんな鳥嶋さんに私が(飲みながら)聞いた『ドラゴンボール』という漫画作品に関する話をしようと思います。

*****

【鳥嶋和彦に聞いた『ドラゴンボール』の話】

お話=鳥嶋和彦
聞き手=松山洋

“最初はね、そんなに人気が無かったんだよ?『ドラゴンボール』”

え、いやそんなことないでしょ?私も当時からジャンプ読んでましたからね、知ってますけどずっと人気でしたよ?『ドラゴンボール』は。

“いや、違うんだって、連載当初は良かったんだけどやっぱり段々人気も下がって来てさ、こりゃマズいなって思ったよ”

それってどのあたりですか?

“ピラフ一味とのやりとりが終わったあたりからだね”

え?「ギャルのパンティおくれーーー!!」の後からですか?

“そう、あそこで1回神龍呼び出して願いを叶えてしまっているからね、物語的にも区切りがついて。読者も「あー、これの繰り返しになるのか」って思ったんじゃないかな”

それって駄目なんですか?

“予定調和を感じさせたりワクワク出来なくなったら駄目だよね、漫画は。それに登場人物もそこそこ増えてしまってたしね”

あー、確かにあの時点でブルマ・ヤムチャ・プーアル・ウーロン・亀仙人・チチ・牛魔王・ピラフ一味と確かにキャラはそこそこ増えてましたね。

“そう、だから一回物語をシンプルにするために悟空を亀仙人のところで修業させたの、クリリンと一緒に。それからその修業の成果を試す場として用意されたのが天下一武道会。そうなってからはもうずっと人気だったね”

そりゃそうでしょうけど!え、しかし意外ですね、あの『ドラゴンボール』でもそんなテコ入れみたいなことがあったなんて。“物語の整理”ですか、勉強になります。

“勉強にならなくていいよ”

それにしてもその“物語の整理”はどういう発想から行ったんですか?

“『北斗の拳』を研究したの”

ええ!?『北斗の拳』!?それは意外ですね。

“だって『ドラゴンボール』の人気が下がってたんだから、研究するしかないよね。当時の圧倒的人気は『北斗の拳』だったからね”

それはそうでしょう。

“だから研究して読んだよ、『北斗の拳』を3巻まで”

は?3巻?まで!?え、そんだけですか?

“それだけ読めばわかるよ、あ、ちなみに俺は嫌いだから『北斗の拳』”

ええ!?ちょ、それ言っていいんですか!?

“いや、個人の好みなんだから、いいでしょ。俺は好きじゃないよ?『北斗の拳』けどまぁ当時は大人気だったわけだからね、ちゃんと読んで研究したよ、それで『ドラゴンボール』のこれからの展開というか方針を決めたの”

それが“物語の整理”?

“そう、登場人物を1回引っ込めて話をシンプルにした”

なるほど

“『北斗の拳』を読んで感じたのは「説教臭い」だったのね、なんか毎週「名言」が飛び出すじゃない?「お前はもう死んでいる」「てめえらに今日を生きる資格はねぇ‼」「同じ女を愛した男だから」「我が生涯に一片の悔い無し」そういうセリフがもちろんカッコいい作品だしそれが子供たちにもウケてたし、まぁ凄いよね”

説教臭いって……(「我が生涯に~」の名言を知ってるってことは絶対3巻以上読んでるじゃないすか、けどまぁ黙っていよう)そこからどの様に方針変更をプランニングされたんですか?

“だからね、徹底的に『ドラゴンボール』は中身が無い作品にしようって思ったの”

な、中身がない?

“そう、松山くん『ドラゴンボール』って作品を読んでなんか学んだことってある?思い出してみて”

え、そりゃもちろん、えっと……

“そう、無いんだよ、『ドラゴンボール』を読んでそこから学ぶことはひとつも無いんだよ。人生の教訓とか無いでしょ?生活の役にも立たないし、ただ面白いだけ、漫画ってのはそれでいいんだって!”

……(確かにそうかもしれませんが、言い方)

“それもね、『北斗の拳』を読んで研究して出てきた答えだからね。子供たちや読者は別に説教されたくて漫画を読んでるわけじゃあないからね、面白ければいいの、当時『北斗の拳』があれだけウケてるってことは『ドラゴンボール』では逆のことをトコトンやろうって決めたの。絶対に人生の役には立たないけど、ただひたすら面白くしようって考えたね。そこから更に『北斗の拳』を研究してわかったことがあってね、絵に秘密があったんだよ”

絵に秘密?

“それまでの漫画で主人公が敵を殴る時って基本的にコマの中に二人いて右から左に主人公が敵を殴っているような絵が多かったの、本宮ひろ志も車田正美もみんなそうだった”

そう言われるとそうですね

“なのに『北斗の拳』はパンチが読んでる読者側に飛んでくるんだよ、「アタタタタッ」ってね、ありゃ発明だよ”

!!(確かにッ!)

“止め絵がバツグンに上手い作家だったからね、原哲夫は。武論尊もそれがわかってたんじゃないかな、だから北斗神拳は秘孔を突いて時間差でボンってなるでしょ?全部が止め絵のカッコ良さなんだよ。それがわかったから『ドラゴンボール』のアクションは方向性を変えたんだよ。原哲夫に無くて鳥山明にあるものって何かを考えてね”

何ですか?

“立体的な動きだよ。鳥山明はね、バツグンに空間把握能力が凄いんだよ、だから立体的なアクションを描かせた方がいい、それが『北斗の拳』との差別化にもなるって考えたんだよ。そうなると後は簡単だよね、修業して強くなったことを立体的な舞台でカッコ良く披露できる場所と展開を用意してあげればいい、そのために始めたのが……”

天下一武道会!!

“そう、だから武舞台は正方形で場外ルールがあるんだよ。そのせいで縦横無尽に飛び回るだけじゃなくて高さを生かしたアクションが自ずと生まれてくるんだよ。こうなればもう鳥山明の独壇場だよね”

いや、参りました、もう驚くことしか出来ないです。そこまで考えて展開設計されていたとは、本当に勉強になりました!

“だから勉強にならなくていいんだって!”

*****

オチがついたので今回はここまでにしようと思います。私自身が鳥嶋さんと話していて滅茶苦茶面白かったエピソードを抜き出して記事にしてますので、ちょっと前後不明で読みにくいかもしれませんが、まぁご容赦ください。

反響や要望があればまた機会を作って記事にしていきたいと思います。

それではこの日最後に鳥嶋さんに言われたセリフを最後に幕を閉じたいと思います。

“人の役に立つような漫画を描いてるようじゃまだまだだよ!”――――鳥嶋和彦

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