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短編小説 | 明恵上人の夢日記

 いつの頃からだったか、わたしは日記を書くようになった。初期の頃は、他の者たちと同じように、覚醒時に経験した出来事を書くことを常としていた。

 見上げれば、栂尾の大空には、たいてい数多くの鳥たちが飛んでいる。わたしは鳥たちの飛ぶ様子を眺めることがとても好きだった。

 秩序正しく飛んでいる鳥の群れが、一匹の領袖鳥が向きを変えると、一瞬無秩序になることがある。やがてすぐに元の整列に戻るのだが、わたしはその刹那に見る一瞬の乱れというものを特に好んでいた。

 領袖鳥が、真っ先に何かの危険を察知するのか、それともただの気紛れなのか、わたしには分からない。しかし、秩序の中に現れる突然の無秩序というものほど面白いものはない。

 ある夕暮れの頃、昼間山中で鳥の群れを見ながら、修行していた。こころに移り行くよしなしごとを抱えながら。
 特に新たな発見らしい発見はなかったが、わたしは充足感に満たされ、その夜はぐっすりと眠ることができた。 


 いま、目の前には、いつもように鳥たちが羽ばたいている。その時、何の前触れもなく、雷鳴が轟いた。驚いた鳥たちは四方八方に逃げ惑ったが、領袖鳥がわたしの方に向かって飛んでいることに気がつくと、一気に秩序を取り戻した。

 大量の鳥たちは、領袖鳥を筆頭に、次から次へとわたしを目掛けて飛んできた。

 わたしは思った。

「これでは、鳥獣ギガではないかと」

 気が付いたときには、わたしの体の上には、ギガの鳥たちが覆い被さってのっていた


 その時、わたしは恐怖におののきながら、目を覚ました。
 どこからが夢だったのかは分からない。しかし、覚醒時の出来事以上にリアリティがあった。


 それからというもの、わたしは起きているときの経験ではなく、もっぱら夢の中の出来事を書くようになった。

 わたしはもうこの世に存在しないが、わたしの残した夢日記は、ユング派の心理学者の研究対象になっているという。
 また、これはわたしの推測であるが、三島由紀夫春の雪」に登場する松枝清顕の「夢日記」は、わたしの夢日記をパクったものであろう。






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