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「人」についていきたいのです。

AI関連技術が急速に発展していく中で、人間の果たすべき役割は従来のものからますます変化し、より「人間的な能力」を発揮することが重要になっていると思う。

その「人間的な能力」のうち重要視されるものの1つに、「内発的エネルギーを動機にすること」があると私は考える。

ここでの内発的エネルギーとは、その人間が持つ欲望や叶えたい夢、何かを成したいという野心などに由来する、人間が何かしらの行動を起こすために使われるエネルギーの一形態である。

こうしたエネルギーは、間違いなくAIには代替できないものだ。なぜなら、AIは所詮「主に電気エネルギーによって動く、すごーい性能の計算機」に過ぎないからである。

仮に何らかの理由で地球上において電気エネルギーが得られなくなったとしても、人間という生物種が絶滅しない限りは、そうした人間の内発的エネルギーは地球上から枯渇することはない(というか、実際に電気が発明される前は歴史的にそうだったし)。

なぜそんなことを考えているかというと、懲りもせずに自分自身の内発的エネルギーがないことを嘆いているからだ。そんな暇があったら、さっさとその今現在の現実を受け入れて何か対応策を考えなければならない。

さて、そういう内発的エネルギーがない、または少ない人間が、この先のAI社会を生き残っていくために必要になる素養とは一体何だろうか。

今のところの私の暫定解は、「他者の内発的エネルギーを借りて走る」しかない、ということだ。

自分自身の中に内発的エネルギーが無いのだとしたら、誰か他の人間の中にある内発的エネルギーを行動の動機にして前に進むしかない。

振り返れば、これまでだって半ばそうやって進む道や取り組む物事を決めてきたところがある。

「あなたがやりたいんだったら、やろう」
「みんながやりたいんだったら、やろう」
「社会が求めているんだったら、やろう」
「そうでなければ、別に俺はやらなくてもいいけど」
みたいなスタンスを積極的に取ってきた。

これは、今後の社会において本当はあまり望まれたものではないとも思う。人間にとっては、内発的エネルギーの源こそがその人間のアイデンティティになりそうだからだ。

自ら、自分のアイデンティティを捨て去るようなスタンスを選択するということに少しの恐怖はあるのだが、少なくとも今現在を前向きに生きるなら必要なことだ。

自分は相手の内発的エネルギーを借りる代わりに、その相手にはできない何かしらの能力を提供する。

たぶん私は、本能的に「人」についていきたいと思っているのかもしれない。しかも、「サポーター気質の強いリーダー」でもあるから、やっぱり「やりたいことがあるやつ」と組んだ方がきっと上手くいくのだ。

その「やりたいこと」に、なるべくハマれるような能力とは、一体何なのか。コンサル的な仕事の仕方なのだろうか。

ここがまだ、解像度が低いところだ。

自分の取扱説明書をもっと広範に撒いて、「やりたいことがあって、かつ私の能力をうまく使ってくれる人間」を見つけ出す必要がある。

そのための種まきがまだまだ必要だ。

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