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革屋と本屋のヨシナシゴト往復書簡006

皮革の仕事に携わる河合泉と
本屋を営む新井由木子の
たわいもない『ヨシナシゴト往復書簡』
vol.06 回文って知ってる?/フィネガンズウェイク

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新井様

少し時間がたってしまいすみませんでした。
子ども食堂のボランティア、パインの仕事、
とても素敵です。

思えば、私も3人の子どもを成人まで育ててきましたが、地域や周りの方にどれだけ助けられたことか。
それをご恩返しするというより、今の子育てしている方への助けとして余生(?)の時間の一部を使えたらとおぼろげながら考えております。
とはいえ、平成という昭和の香りが残るひと昔前の時代の子育て経験がどれだけ今の時代の方のお役に立てるのかはわかりません。

ところで、話は飛びますが、「回文」ってご存じですか?
「たけやぶやけた」のように、上からも下からも同じように読める文で無理やり文章にしていますので実存しない物事が出てきたり、
あまり意味も主張もない文にはなりますが、逆に組み合わせの面白さからシュールな情景が浮かんだり、思わぬ光景を読んだりできるところが面白い言葉遊びです。
弊社、河合産業株式会社の年賀状と暑中見舞いに私がひねり出したこの駄回文をもう20年ぐらいこちょこちょっ、と書いてひとり悦にいっております。

例えば、平成21年(丑年)の年賀状
牛の波 背を撫でた
いざ行け 経済立て直せ 皆の衆
(うしのなみ せをなでた いざいけ けいざいたてなおせ みなのしゅう)

平成29年 夏の暑中見舞い
知らぬ結末 罪おかすと
それほど惚れ そっと素顔見つつ
まつ毛濡らし
(しらぬけつまつ つみおかすとそれほどほれ そっとすがおみつつ まつげぬらし)

といった具合です。
小さい「っ」とか「ゅ」とかはその時々で使ったり読まないようにしたり、
「お=を」とか、都合の良いマイルールです。
こんな酔狂なことで喜んでいるのは私だけかと思いきや、
X(旧ツイッター)では時々クスリと笑うような回文が発信されています。
また、コジヤジコさんという回文作家さんは
「いました姉妹」というかわいらしい回文絵本も発行されていて
お金のかからない遊びとしてはよいかなと思っております。
今度お酒を飲みながら、回文ひねり出す会いかがですか?

河合産業の季節の挨拶状
回文手書きで入れてるって!!

桜、草加、東京は3分咲きでしょうか。
誰も見ていないところでも春にきれいな花を咲かせ静かに散っていく様を見るにつけ、こういう人に私もなりたいと思っています、、。

ではまた。
2014/04/05 河合 泉

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河合さんへ

回文面白いですね!
『牛の波〜』回文の中に皮革産業の今を語っているのが技だと思うけれど、そこに牛の波という風景が、回文であるがために立ち現れるんですね。
『知らぬ結末〜』色っぽいじゃないですかあ。
今度他のも見せてくださいよ。

では、わたしも初めての回文に挑戦いたします。
河合さんがどのように回文を作られているかわかりませんが、まずは回文の折り返し地点を作ります。
その前後に反対にしても何かになりそうなものを、ぽちぽちと置いてみました。
三面鏡方式です。
そして、、、できました!初回文!

『わたしのお尻技クッキーキック触りし尾の下は』
(わたしのしっぽの下を触りましたね、その感触は、わたしのクッキーキックという尻技ですよ、という意味。)

実際に作ってみると、河合さんのは回文の折り返し地点がパッと見ではわからなくてすごいですね。
ものを作るって何にしても作為で塗り固めたものになりがちですが、回文は、まずそこが砕かれちゃうのが面白い。
砕かれても、そのひとなりの語彙の拾い出しがあるわけで、むしろかなりそのひとらしさが出るように感じました。
あっ、もう一個できました。

『裏作家 なんだか旦那 かっさらう』
(裏稼業として作家をしているものが、なんとなくどこかの旦那をかっさらいます。旦那を誘拐するという犯罪に手を染めますが、なんだかというだけあって覚悟のある企てではないだけに旦那の監禁もそう長くは続かず、すぐにこのぬるい悪事は白日のもとに晒されることに。裏作家のこの先が気になります)

回文にも通ずるかもしれませんが、文字列を重ねたりひねくれさせたりして、意味付けを数倍に膨らませるという手法の物語が大好きです。
ジェイムス・ジョイスの『フィネガンズウェイク』がそれで、ひとつのセンテンス内の物語の筋に、幾重にも別の筋や状況が織り込まれたり重ねられたりしています。
わたしはこの本を読むといつも、目がプリズムのように多面体となって幾つもの光景を同時に見るような、頭の中に季節も自然の摂理も無視した極彩色の花畑が広がるような感覚に陥ります。
本屋をしているときはこの本の1巻を2回売りましたが、1回は難しすぎると返品され、もう1回は続く2.3巻を欲しいと言われたのですが、重版未定になっていて届けられなかったという、いわくつきの本です。

新井の愛するフィネガンズ・ウェイク
翻訳者も本当に超絶凄すぎる柳瀬氏

今式根島にいますが、島の大島桜はちょうど咲き始めたところです。
誰に見せるわけでも、咲いているぞと大きな声を出すわけでもなく、ただ咲く花は強いです。
小鳥が飛んできて、蜜を吸うのか咲き始めた桜をついばんでは落とすのですが、それを大らかに包む花のいきおいが、恵みなのだと思えます。

新井の実家式根島の大島桜

草加に帰るころには、桜は満開だろうか散っているだろうか。
それでは、また。

2014/04/10 新井由木子

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河合泉
埼玉県草加にある皮革工場『河合産業株式会社』。
家族が営む同社を手伝う傍ら、草加の皮革「SOKA LEATHER」のPRを努めている。落語が好き。

新井由木子
埼玉県草加市の小さな書店ペレカスブックを営みながら、町の工場と力を合わせて『読書のおとも』を作る。酒が好き。落語も好き!!

河合産業の皮を加工するミキサー
草加の皮革工場の写真集作ったら迫力のあるものになりそう

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