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居心地の悪さとアマチュアイズム

”ここはわたしの居場所じゃない”

そんなふうを思うことが、今まで何度もありました。
何気ない場面でいえば、大勢の飲み会。
輪の中に入ることに、なんとなくの違和感とはにかみがあります。
また、友人や仕事のグループ、家族においてさえ、そう感じることがあります。

ちょっとしたことで、居心地の悪さを感じてしまう。
そういう人は、結構いるんじゃないかなって思います。

反対に、輪の中心に入ること。
仕事でいえば、それは「プロ」としての仕事といえるでしょう。

経験上、無理に輪の中に入ろうとすると、わたしのようなタイプの人間は、大概失敗します。
では、こんな社会不適応とも思える人間は、どのようなスタイルで仕事をすればよいか。
そのカギとなるのが、「アマチュアイズム」です。

アマチュア、という言葉はなんとなくネガティブな響きがありますが、クリエイティブディレクターの杉山 恒太郎さんは、アマチュアのことを「プロでなくてもやっていける人」とポジティブに定義しています。

アインシュタインやニーチェ、マックス・ウェーバーなどは在野の研究者、つまり「アマチュア」として活躍しましたし、GAFAの名だたるリーダーは、「専門外」の領域でここまでの大企業をつくりあげました。

つまり、「アマチュア」だからこそみえる視点、社会を変える力があるということです。

簡単に輪の中に入れる人間は、きっと「プロ」として活躍できる人でしょう。
わたしも「プロ」としての仕事に、憧れはあります。

でも、うまく輪の中に入れない、言ってしまえば「入らない」人間こそ、「アマチュアイズム」を発揮できる人材なのではないでしょうか。

ソクラテスは、「哲学者は社会にとっての虻である」と述べました。
中からではなく、外から「チクリ」と刺す存在。
アマチュアイズムをもった働き方は、そんな「社会の虻」に近い存在かもしれません。
もしかすると、そのような働き方は「プロ」からすると、邪魔に思える存在にも思われます。
でも、「社会の虻」がまったくいない、または機能しない世の中だと、全体主義よろしく、人間社会は間違った方向に進んでしまう可能性があります。

だから、たとえ誰かに疎まれようとも、アマチュアはアマチュアらしく、信念をもって働こうではありませんか。
わたしは、居心地の悪さから様々な場所から逃げて逃げて、今の働き方に落ち着きました。
理学療法士としても、きっと「虻」のような存在だと思います。
理学療法士業界がもっと発展してほしいから、愛を込めて「チクリ」と刺す。
そんな取り組みを、これからしていければなと思っています。



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