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Jリーグの秋春制移行                                                     沈黙するメディアとライター


田嶋会長の宿願とメディアの沈黙

Jリーグの秋春制移行論議が大詰めを迎えている。
秋春制移行はほぼ間違いないだろう。ただ、それは議論を重ねた末の論理的帰結ではなく、『Jリーグや日本サッカー協会の中枢が秋春制にしたいから秋春制になる』に過ぎない。

『論議が大詰め』と書いたが、そもそも健全な議論の場…言論空間がつくられることはなかった。議論にあたって抜け落ちてはならない基礎的な情報について、Jリーグのみならずサッカー界隈のメディア・ライターらが談合したかのように検証すらせず、沈黙してきたからだ。その代表的な例が『日本サッカー協会・田嶋幸三会長の宿願と行動』である。

Jリーグのシーズン移行論議を再開させた『ACLの秋春制』。この実現を働きかけたのが、ほかならぬ日本サッカー界のトップ・田嶋幸三会長であることをJリーグ60クラブのサポーターのどれだけが知っているだろうか。

ACLの秋春制移行は、2021年にバーレーン出身のハリーファAFC会長が正式に提唱したことで、実現に至っている。しかし、これより前の2020年に田嶋会長がACLの秋春制移行をAFCに働きかけているのだ。日本サッカー界のトップからの働きかけは、ハリーファ会長のACL秋春制移行提唱にあたって『春秋制の国々にも歓迎してもらえる』という自信と確信を与えただろう。

ACL秋春制移行 田嶋会長「AFCに提案している」

サンケイスポーツは2020年4月24日に『田嶋幸三会長、ACLの秋春制移行は提案済み 決勝は来年5月に』というタイトルで一問一答形式の記事を配信している。

田嶋会長はACLの秋春制移行について「AFCに提案している。ACLが9月まで延期されたとして、11月の決勝までに全ての試合を組み込むと各国のリーグ戦やカップ戦ができなくなる。(決勝は)来年の5月とせざるを得ない。来年以降も(年またぎを)続けていくのがいい」と述べている。『提案』…すなわち、他の国の誰かが言い出したことに『同意』したのではなく、一番最初にAFCに働きかけたと田嶋会長は自認している。

田嶋会長はもともと強硬なJリーグ秋春制移行論者として知られている。2009年3月に秋春制移行反対の署名5万5511人分の署名が日本サッカー協会に提出された際、日本サッカー協会の専務理事だった田嶋氏は署名を直接受け取ったその場で「(冬の降雪地でも試合ができるよう)人工芝でもOKにします。ぜひ理解してください」と秋春制移行に賛同してくれるよう熱弁をふるっている。

ちなみに当時の『秋春制に移行すべき理由』は、①夏の試合は選手の疲労で質が下がるので避けるべき ②ヨーロッパの強豪国が採用する秋春制にすれば親善試合や選手の海外移籍がしやすくなる という2点で、現在の秋春制移行論議におけるキーワード『中東・西アジア』は議論の俎上に載せられていなかった。

話をサンケイスポーツの記事に戻す。注目すべきポイントは「来年以降も(年またぎを)続けていくのがいい」という田嶋会長の発言である。2020年当時のコロナ禍という千載一遇のチャンスを捉え、春秋制だったACLを一時的・緊急避難的な措置ではなく、恒久的に秋春制に変えてしまおうという意思を露わにしている。『ACLの秋春制固定』はJリーグの秋春制移行に向けて外堀を埋めるようなもの。田嶋会長にとっては、宿願成就への切り札だったと見ることができる。

同様の記事は2020年4月10日にスポーツニッポンも配信している。

スポニチのこの記事では『「ACLはシーズン移行も踏まえ、考えなければ。AFCのウィンザー事務局長にも電話で話しました」と語った。』と、ACLの秋春制移行を誰に提案したのか、具体的に個人名まで出して伝えている。

Jリーグ 「デメリットを受けている」と表明

これに対して、JリーグはACLの秋春制移行を『外部環境の変化』という表現を使い、まるで『日本のあずかり知らないところで決まってしまったので対応しないといけない』とでもいうような被害者的な印象を与える説明をしている。

実際、野々村チェアマンは今年5月30日に行われたJリーグ理事会後の記者会見で、秋春制移行論議について「自分たちが変えたくてこの話をしているのではなく、実際にAFCのカレンダーが変わったことにより、かなりのデメリットを受けているクラブがあります。(中略)そのデメリットを受けることで、日本サッカー全体の成長、経済的な成長、フットボール的な成長が阻害されるのであれば、そのデメリットを何とかしないといけない」と述べている。「自分たちが変えたくてこの話をしているのではなく…」という発言。つまり、『ACLの秋春制移行がなければ、Jリーグの秋春制移行など提起しなかった』という説明である。

野々村チェアマンが言う『日本のサッカー界にデメリットをもたらしたACLの秋春制移行』。それを、Jリーグ60クラブのサポーターの多くは『日本の事情など無視したAFCの強行。中東・西アジア諸国が主導した純粋な外圧』と捉えていないだろうか。

説明しないJリーグ 検証しないメディア

無理もない。上記したサンスポ&スポニチの記事について、野々村チェアマンをはじめとするJリーグも、メディアも、スポーツライターを自称する人たちも、説明はおろか検証しようともしていない。日本のサッカーファン・Jリーグサポーターは知るすべがないのだ。わかりやすい一例として、スポーツ報知のことし(2023年)11月の記事を紹介する。

この記事には、後半に『秋春制議論の経緯』が載っている。その一部を抜き出すと…

▽17年12月 Jリーグ理事会が、日本協会の田嶋会長が提案した22年          から秋春制に移行する案を否決。
▽22年2月 ACLの23年からの秋春制移行が決まる。

とある。
何が抜けているかは一目瞭然。

▽20年4月 日本サッカー協会の田嶋会長が 「ACLの秋春制移行」をAFCに提案

が、抜けているのである。
スポーツ新聞でさえ、このありさま。JリーグやDAZNが秋春制移行をテーマに配信した番組もあるが推して知るべしで、『田嶋会長とACL秋春制移行の関係』について触れた番組はない。

2020年のサンスポ&スポニチの記事は、現在も両紙の公式ページに掲載されており、信憑性は高い。両紙とも田嶋会長にそれぞれ単独インタビューした記事で、もし『田嶋会長がACLの秋春制移行を提案した』ことが事実ではないとなると、それは単なる誤報では済まず、インタビューの捏造になってしまう。当然、当時の田嶋会長や日本サッカー協会は記事をチェックしただろう。「こんなことは言っていない」という内容が配信されていたなら、即座に謝罪と訂正、記事の削除を要求していたはずで、現在も公式ページで記事が読めることはなかっただろう。

それでも、サンスポ&スポニチの記事を鵜呑みにはできないと疑念を抱くメディアやスポーツライターがいてもおかしくはない。むしろ、そういうメディアやライターに記事の内容が本当なのかどうかを検証して、その結果を明らかにしてほしい。しかし、そんなメディアやライターは現れなかった。

『田嶋会長とACL秋春制移行の関係』に対するスタンスで、サッカー界隈のメディアやライターを分類すると以下のようになる。

①サンスポ&スポニチの記事に興味を示し、『田嶋会長の提案』について    言及または検証した。
⇒残念ながらほとんどいない。

②そもそもサンスポ&スポニチの記事に気づいていないので、『田嶋会長の提案』について言及も検証もしようがない。
⇒調査能力が著しく欠如している。別の生き方を選んだ方がいい。

③サンスポ&スポニチの記事を知っているが、捏造記事だと確信しているので言及も検証もしない。
⇒根拠なき確信であれば、すぐに筆を折ってほしい。根拠があるのならば、それを提示してほしい。

④サンスポ&スポニチの記事を知っている。しかし、『田嶋会長の提案』に触れることで秋春制移行論議に余計な波風が立っては面倒くさいので、言及も検証もしない。
⇒それを忖度という。
 
⑤サンスポ&スポニチの記事を知っている。けれど、ACLはすでに秋春制になっているのだから、今さらその端緒をつまびらかにしても意味がない。田嶋会長が提案しなくても、ACLはいずれは西アジアの力で秋春制になったはずなので、その端緒をつまびらかにしても意味がない。だから、言及も検証もしない。
⇒④と共通する意識が根底にあるが、それを自認しようとせずに一見正しそうな自分勝手な解釈と筋立てで覆い隠す、最も厄介で唾棄すべき人種。こういう人種が健全な議論の場…言論空間の形成を阻害する。

情報の欠落がもたらすサポーターの認識

多くのJリーグサポーターの認識はおそらくこうだろう。
『西アジア諸国がAFCに影響力行使⇒ACLが秋春制に移行⇒Jリーグも秋春制移行が迫られている』

しかし、サンスポ・スポニチの記事が間違っていると証明されない限り、実際はこうなる。
『田嶋会長がACL秋春制をAFCに提案⇒西アジア諸国がAFCに影響力行使⇒ACLが秋春制に移行⇒Jリーグも秋春制移行が迫られている』

だが、Jリーグやサッカー界隈のメディア・ライターは『田嶋会長がACL秋春制をAFCに提案』について、サッカーファンが知る必要のない情報だと考えている。なぜなのか?秋春制移行論議を進める上で『田嶋会長の提案』はノイズになるとでも思っているのだろうか?だからといって、その情報を知らせる必要がないと考えるのは思い上がりもはなはだしい。

メディアが言及しない理由は何だろう?

前述したように、ACLの秋春制移行は2021年にAFCのハリーファ会長が正式に提唱し、実現に至っている。この点から、Jリーグやメディア・ライターは『田嶋会長の提案』をACLの秋春制移行において重要案件ではないと判断している可能性もある。つまり『田嶋会長の提案』と『ハリーファ会長の提唱』の間に関連性はないとして、切り離して捉える見方だ。

しかし、その見方は本当に正しく、Jリーグやメディア・ライターが『田嶋会長の提案』に一切言及しない正当な理由として、日本のサッカーファン・Jリーグクラブのサポーターから認められるものだろうか?

私個人は、ハリーファ会長がACL秋春制を提唱するにあたって『田嶋会長の提案』が全く影響を与えなかった、と断定してしまうことの方が難しいと考えている。田嶋会長は2020年にACLの秋春制移行をAFCに提案している。サンスポには「来年以降も(年またぎを)続けていくのがいい」と話している。サンスポ・スポニチの記事が捏造でない限り、これが事実だ。

メディア・ライターの中には『田嶋会長の提案がなくてもACLは西アジアの力でいずれは秋春制になったはず。だから田嶋会長の提案は重要ではなく、サッカーファンに知らせる必要はない』と主張する者がいるかもしれない。しかし、それは『提案がなくても、そうなったに違いない』という『イフ(if)の世界』の話でしかなく、それこそ論じる意味はない。

繰り返すが、田嶋会長は西アジアの誰かが言い出したことに『同意』したのではない。『提案』したのである。一番最初にAFCに働きかけたということだ。

田嶋会長が率先して働きかけたことは「日本は春秋制だがACLの秋春制に対応可能である。すでに国内の問題はクリアされ準備できている」という日本サッカー界の現実とは違う誤ったシグナルをAFCに発信したことになる。「春秋制の我々日本がACL秋春制に一番乗り気なのです。何も心配することなくACL秋春制をすぐにでも提唱し、迅速に推し進めてください」とAFC…ハリーファ会長の背中を押したようなものだろう。

とはいっても、「田嶋会長の力はAFC内では微々たるもの。ACLの秋春制移行は西アジア諸国が全て企図し、実現させたもので、『田嶋会長の提案』があったとしても、それが与えた影響などゼロである。だから無視していいし、サッカーファンに伝える必要などない」と考えるメディア・ライターもいるだろう。むしろ現状をみると、そう考えているメディア・ライターの方が多そうだ。

問題の本質 現状を健全と言えるのか?

『田嶋会長の提案』がACLの秋春制移行に影響を与えたか否か。これはハリーファ会長に提唱当時の心情を直接尋ねるようなことをしなければ、本当のところは分からない。ただ、ここまで書いてきて、ちゃぶ台をひっくり返すようだが、問題の本質はそこではない。

単純なことである。『田嶋会長がACLの秋春制をAFCに提案した』のが事実であれば、その事がサッカーファン・Jリーグクラブのサポーターにほとんど知られていない現状を健全と言えるのかということだ。

『田嶋会長の提案』がACLの秋春制移行に実際どれだけの影響があったかどうかは問題ではない。日本サッカー界の最重要案件であるJリーグの秋春制移行論議…。その言論空間から『日本サッカー界の総大将がACL秋春制移行を提案した』という出来事そのものが、きれいさっぱり抜け落ちているという異常性が問題なのである。

秋春制への意欲がだだ洩れのJリーグの立場になれば、『田嶋会長の提案』がクローズアップされることはちゃっちゃと議論を進める上でノイズになると考えていてもおかしくない。「すでにACLは秋春制になっちゃったんだから、田嶋会長の提案に今さら言及しても意味がないよね。議論はACL秋春制への対応に集中させるべきだし、対応策はJリーグの秋春制移行しかないよね」といった筋立てではないだろうか。

メディア・ライターはこうしたJリーグの筋立て通りに手懐けられ、サッカー界隈だけに通じる内輪の論理で「『田嶋会長の提案』なんて無視していいよね。サッカーファンに伝える必要ないよね」と結論づけた。そして、その結果が前述した『秋春制をめぐる言論空間の異常性』である。

サッカー界隈にジャーナリズムはあるのか

そこにはジャーナリズムに欠かせない検証精神・批判精神のかけらもない。
そうとでも考えなければ、メディア・ライターの沈黙の理由について説明がつかない。現状のままではJリーグの『議論しましたよ』というアリバイづくりに加担していると、非難を浴びても仕方ないのではないだろうか。もっとも、サッカー界隈のメディアやライターが自らの立場をジャーナリズムの範疇に置いているかどうかも疑わしいので、非難すること自体が見当違いなのかもしれないが…。

透明性云々…などと言うまでもなく、関連情報を集められるだけ集めたうえで行われてこそ、議論は健全になる。議論の本筋に有用な情報かどうかは、その情報が俎上に載せられてから議論の当事者(今回はサッカーファン・Jリーグクラブのサポーターも含む)が判断することであり、はなから特定の情報を俎上に載せず、議論の当事者に気付かせもしないのは、極めて作為的な議論と糾弾されても仕方ない。

Jリーグやサッカー界隈のメディア・ライターが「『田嶋会長の提案』は秋春制移行論議の本筋にとって有用な情報ではない。サッカーファンに知らせてしまったら、かえって議論に混乱を招くかもしれない。議論の俎上に載せず無視しておこう。」という考えであるとしたら、お門違いである。勝手に判断するなと言いたい。サッカーファンをバカにするなと言いたい。

繰り返しになるが、日本サッカー界の最重要課題であるJリーグの秋春制移行論議において、その日本サッカー界の総大将が行った『ACLの秋春制移行提案』という行為そのものが、まるでなかった事のように無視され、言及も検証もされず、その結果として日本のサッカーファンのほとんどが知らないまま議論は大詰めを迎えてしまった。この現状について「健全である」と正当化する真っ当な論理があるなら、ぜひ教えてほしい。秋春制賛成・反対以前の問題として暗澹たる気持ちを抱えている。



田嶋会長は日本サッカー界の総大将。日本国に置き換えれば首相のようなものです。首相動静のように、その行動…とりわけ対外的な動きは逐一報道されてもおかしくない立場で、ましてや日本サッカー界の最重要課題である秋春制移行に連なる動きであれば、過去の出来事であっても焦点が当てられるだろうと思っていたのですが、そんなことはありませんでした。
2020年のサンスポ&スポニチの記事をテーマにして書き連ねたのですが、もし、「その両記事は捏造であることが分かってるんだよ。だから、Jリーグもサッカー界隈のメディア・ライターも触れないんだよ」ということであったら、ごめんなさい。その他諸々、事実認識が違っている点があったら、ごめんなさい。


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