他者のことを慮ることは人と人がが一緒に暮らしていくうえで大切だ。 ただ人のことを意識するという点では同じだが、その対象が自分に向きすぎていると苦しくなる。 ひとから自分はどう見られているか。 そんなわたしは自己意識がとても強いほうだと思う。 ネガティブな面でいうと、たとえば人前で飲食をするのが苦手だ。特に相手をよく知らない場面だと、自分の食べ方や咀嚼音が気になり、リラックスして食べられないこともある。 また街で一人で歩いてるときも、周りを変に意識して、歩き方がぎこちなくなると
わたしコーヒーにはこだわってて結構うるさいんですよ。この産地のこの豆は程よい苦味でソフトな酸味で、一方こっちは重厚感のある苦味があって… 自分の好きなものはもっと知りたいって思って、詳しくなる。語れるほどになり、その中でもより自分が好きなものが見えてくる。 そう、こだわりは好きだからこそ生まれるのだ。 またそれを語る姿はとても輝いて見え、その人をより一層魅力的にさせるものだと思う。 ただそのこだわりに人からの見え方という視点が入ってしまうと、どうなるだろう。 最初は自
気がついたら身体の異変を感じていた。 そこまで気にしてなかったことがすごく気になる。近くにいる人が自分のことを不快に思っているのではないか。 ネットで調べてみると不安症というらしい。振り返ると学生時代からあったが大分落ち着いていた症状がここ数ヶ月で一気にひどくなった。 鶏が先か卵が先か、身体のSOSは心にもつながる。ひとが周りにいる環境にとてもストレスを感じ、数ヶ月前まであんなに好きだったサウナ、またカフェでゆっくり過ごすこと、気心しれた友人と飲み屋に行くことにも、足が遠のい
つい最近、コンサルティング会社に転職をした。「今後こうなりたい」「こういう仕事がしたい」という意志を持って入社をしたのだが、同僚と話しをすればするほど、自身の選択は間違っていなかったと現状思えている。 ただ成長には痛みがつきもの。もっと大きくなるには、現状の限界を幾度となく超えていかなければならない。その過程で必ず、壁にぶつかり、精神的に、そして肉体的にも追い込まれる場面があるだろう。そんなとき、この本で紹介されている物事の捉え方、技術的な思考法がきっと自らを救ってくれ
心が通じ合うという言葉は、心を相手に開き、お互いに求め合っていることを感じられたときに出てくるもので、その最たるものがこの短編集で描き出されているじゃないかすら思った。 過去の経験で醸成されてきた価値観はそれぞれ複雑で面倒くさくて、でもそれが誰かと絡み合ったときにこんなにも美しく、尊いものになるんだというのを、初めて分かった気がする。
知らないことだらけだった、もちろんみんながみんな同じではないと思うし、これを知ったからといって、さも理解してるように振る舞うのも違うと思う。 ただ、こういうこともあるんだ、ということを知れて純粋に良かったなと思った。もし今後結婚して子どもができ、なんだかうまくいかないな、かみ合わないなと感じてしまったとき、この本のことを思い出したい、そう強く感じた。 正解なんてきっとないし、あぁすれば良かったなとあとで思うこともあるかもしれない。 でもこの本でも書かれているように、自分
主人公のカヤとなり、光しか見えないチカにどうしようもなく心惹かれる。 顔が見えないからこそ、気恥ずかしさを感じすぎず、いつも以上に心のままを言葉にすることができる。 心惹かれるひと、ものと出会ったときの心の揺れ動き、言動に触れ、自分の記憶の彼方にあった思い出とリンクして、読んでいて気持ちが高まっていった。 運命という言葉で表することもあるのだろうが、線香花火のような儚くて尊い思いを感じることができる小説だった。
素直になる、そうなった方が良いに決まってるし、そうしないと後悔が残るかもしれないことは、分かっている。 でも、なぜかそうできない。 その人が大切であればあるほど、気持ちとは裏腹な言葉、態度をときに示してしまう。 一人の時間を持ったときに、あのときなんであんな言い方しかできなかったんだろう、と思い悩むことを幾度となく繰り返してきた。 言葉は言わないと伝わらない、少しのボタンのかけ違いが、とてつもない溝になってしまうこともある。言おう、ほんの少しでも、全部は難しくても、でき
過去を取り返すことはできない。失われたものはどれだけ嘆いても取り戻すことができない。 僕たちは往々にして、その現実を目の当たりにして絶望することがある。 どうやったらこの気持ちと向き合うことができるのだろうか。 それは種を蒔くということ。 どんなに時間がかかることであっても、本当に些細なことであっても、花開いた瞬間を直接見ることはできなかったとしても。 時は流れ、いつか太陽に向かって、花が咲く。 そんな姿を想像しながら、水をあげていく。 その大切さをこの本は教えてくれた。
言葉は人と人が心を通わせるために使う一つの手段であり、相手を知る上でこれに頼る部分が大きい。 目の前の出来事、心の揺れ動きをどのような言葉で表現すればよいか。 自分の頭の中にある引き出しを開け、およそぴったりであろう言葉を紡いでいく。 それは直接的な言葉であったり、別の言い回しで暗に示すことを試みたりもする。 紡ぎ出される言葉は、その人のこれまでの出会いを映し出しているのかもしれない。 魅力的な言葉に、この本は溢れていた。 私の母国語である日本語は、こんなにも美しい表現
問題設定。 その重要性は何となく理解しており、これまでも何が問題なのかを考えて動いてきたと思う。 しかし、ここまでしっかりと問題設定の意義、いかに考えるべきかについて、向き合ったことはこれまで一度としてなかった。 そしてまだまだ咀嚼できておらず、現状、実践レベルとは程遠いと感じている。 この本で触れられていたように、中論点、小論点を与えられたとき、まずは何が大論点なのか、そもそも大論点として正しいものなのか、考えながら動いていこうと思う。 ビジネスに限らず、人生においても問
毎日生きていると気が付かないうちに、心が少しずつすり減っていき、ときどき息苦しさを感じるときがある。 過去に上手くいかなった出来事を思い出したり、かつて思い描いていた未来と目の前の現実の差に落ち込んだり… すると少しだけ寂しさを覚えたり、やるせない思いに心がざわざわしたり、そんな経験は誰の記憶にもあるのかもしれない。 そんなとき人の優しさに触れる、素敵と感じられるものに出会うと自分を今よりもう少し好きになったり、幸せな気持ちになったりするものなのだろう。 何か息苦しさ
自分のアイデンティティはどこにあるのだろう。誰から生まれ、どこで育ち、いまがあるのか。自分が何者か知っているということは、これからの未来を歩んでいくにあたって、迷ったときの道標をもっているということなのかもしれない。幸運なことに当たり前すぎて意識することはなかったが、改めて大切なことに気づかせてくれる映画だった。
こんなにも熱くなれるマンガがあったのか。 ページをめくるたびに、登場人物たちの表情、発する言葉が私の心を奮い立たせてくれる。 仕事をしているとたくさんの人に出会う。 得意なひと、好きなひと、苦手なひと、嫌いなひとにも。 仕事に対する向き合い方が違うため、ぶつかってしまうこともある。 この物語は、それぞれの登場人物がどんな思いで目の前の仕事に取り組んでいるのか、そう思うに至ったこれまでの経験もフォーカスして描かれているため、全ての登場人物のことが好きになる。 良いものを作ろう
「お前のそのスピードだと、ビジネスやっていけないぞ」 新卒で働き始めた会社で、社会人の基礎を作ってもらった。 そこで言われた言葉の数々が今も心の中に残っており、現在の仕事への向き合い方に大きく影響を与えている。その中で言われたひとつが上記である。 これまでの人生を振り返ると、私はいわゆる網羅思考型だった。情報を集められるだけ集め、ベストと思われるやり方を見つけ、地道にコツコツやっていく。自分が納得した上で進められるため、やっていく過程において非常に満足感があり、最終的
彼女とは4年前今の会社に入社したとき出会った。僕の指導員として、隣の席で仕事を教えてくれる存在だった。 初めて会ったときの印象は、”若いな、年下かもしれないな”ということ。 その日、すぐに他の方から、彼女は僕の4つ上で、当時29歳であること、小学高高学年の息子さんとまだ未就学児の娘さんがいることを伝えられた。 「へー、そうなんですねー。」 返事をした言葉は乾いていて、思ったことをそのまま口に出していた。 何よりも、1日でも早く期待に応えたくて仕事を覚えることに必死だったから