迷子の思い

 彼女とは4年前今の会社に入社したとき出会った。僕の指導員として、隣の席で仕事を教えてくれる存在だった。
初めて会ったときの印象は、”若いな、年下かもしれないな”ということ。
その日、すぐに他の方から、彼女は僕の4つ上で、当時29歳であること、小学高高学年の息子さんとまだ未就学児の娘さんがいることを伝えられた。
「へー、そうなんですねー。」
返事をした言葉は乾いていて、思ったことをそのまま口に出していた。
何よりも、1日でも早く期待に応えたくて仕事を覚えることに必死だったからだ。

毎日は流れるように過ぎていく。
日々の中で、指導員で席が隣、かつ同年代ということで、なんだかんだで一番話す存在になっていた。
仕事の話がやはり多かったが、その中でも旅行の話や、好きなことなど徐々にプライベートな話も多くなってきていた。

そんな日々が約半年続いたある日のこと、彼女が退職をする話が耳に入った。
本人にすぐに確認し、事実であることがわかったときに、不意に出た言葉。
「本当に残念。〇〇さんがいたから楽しく仕事をすることでできていた。いなくなると本当に寂しい」
自分でも思った以上に、動揺していた。いつの間にか彼女が僕の心の中で大きい存在になっていたことに、そのとき初めて気がついた。
もっと一緒にいたい、話したい、そんな気持ちが強くなっていた。
”あっ、好きになってしまったのかもしれない”
はっきりとそう自覚した。

しかし、彼女はすでに既婚者でお子さんもいらっしゃる方。どうすることもできないのは百も承知している。
だけれども、自分の気持ちに嘘はつけない。
そのやりきれない思いを抱えながら、苦しい日々が始まった。
話したいし、時期がくれば会えなくなってしまう。分かってはいるのに、どうしようもなく相手のことを意識してしまって、なんだか会話がぎこちなくなってしまう。でも話せると本当に嬉しく、徐々に増えてきた仕事にも一層身が入った。
大人になっても、好きな人を前にすると、心は激しく揺れる。
どんな映画や小説をみても、これにはかなわなかった。

そして2ヶ月後、彼女は退職した。
最終出勤日、心の籠った文章を残して。

 あれから3年半後、僕は退職願を会社に提出した。
仕事面でも充実した日々を過ごすことができ、お客さん、同僚、関わってきた全ての人へ感謝が残る職場だった。
引き継ぎで忙しくしている最中、僕が入社したときから在籍していてるパートさんから、こんな声がかかった。
「〇〇さんって覚えていますか?もしよかったら、〇〇さんや、すでに退職された方も交えて食事しませんか」

胸が高鳴った。もちろん覚えている。覚えているに決まっている。だって当時とても好きだったから。

あれ以来、一度も会っていない。約3年半ぶりの再会。
"当時好きだった人"として、楽しく食事ができることにわくわくしていた。
あの時より少しだけ大人になった自分を見て欲しかった。

当日。
午後一番に美容院に行き、お気に入りの服を身にまとい、待ち合わせのお店に向かった。
それが誰であっても、職場の方にプライベートで会うのは少しだけ緊張する。
店に着くと、幹事を務めてくれた方が先に到着されていた。ほっと一息。

しかし、そのときは急に訪れた。
お顔、背丈、声、そして香り、3年半という空白の時間を一瞬で忘れさせ、あの時の思いを瞬く間に呼び起こす姿で彼女は現れた。

僕が彼女に向ける思いの距離はあの時から何も変わっていなかった。僕だけが成長したと思いこんでいたが、彼女もまた転職先で懸命に頑張り、人としてさらに魅力的な女性になっていた。
そして話せば話すほど、好きなことが共通していると感じたり、当時話していて僕も忘れていたことを覚えてくれていたり、異性としてやはり好きなんだということをどうしようもなく感じてしまった。

でも状況は何も変わっていない。
叶わない気持ち、行き場のない気持ちが再び募っていき、ただただ苦しい。

本当は彼女に伝えたいけど、届けられないこの気持ちをここに記させてもらいました。

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