ほろよい読書 おかわり(青木美智子、朱野帰子、一穂ミチ、奥田亜希子、西條奈加著)

「・・・・・・・・・好きです」
唇が勝手に動き、そんな言葉が出た。まったくの、無意識だった。
自分でも思いがけないことで、びっくりして、僕はあわてて口を手でふさぐ。
ああ、言ってしまった。そのまんまじゃないか。
僕のほうこそ、やっぱり文才なんてないのかもしれないな。
冷や汗をかきながら、僕は他の言葉を探した。何を、何を言えばいいんだろう。
いづるさんの頬が、お酒を飲んだみたいにぽっと赤くなっている。
それを見て僕は思い直す。
深呼吸して、こう決めた。
もう一度、言おう。ちゃんとはっきり言おう。
名文のセオリーから外れるとしても。
好きです。
僕は、いづるさんが好きです。
その言葉から始まる物語が、あってもいいんじゃないかと思うから。

 言葉は人と人が心を通わせるために使う一つの手段であり、相手を知る上でこれに頼る部分が大きい。
目の前の出来事、心の揺れ動きをどのような言葉で表現すればよいか。
自分の頭の中にある引き出しを開け、およそぴったりであろう言葉を紡いでいく。
それは直接的な言葉であったり、別の言い回しで暗に示すことを試みたりもする。
紡ぎ出される言葉は、その人のこれまでの出会いを映し出しているのかもしれない。

 魅力的な言葉に、この本は溢れていた。
私の母国語である日本語は、こんなにも美しい表現があり、それにひとたび触れると、心が高揚したり、じんわり温かくなったりするんだということを、思い出させてくれる。

 さまざま人の心を感じ、いつの日か自分の発する言葉が誰かの気持ちを少しでも高められたら、とても幸せだ。

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