小曽根賢

小曽根賢

最近の記事

23 坂口恭平『継続するコツ』『生きのびるための事務』(読書録、1500字)

 リハビリがてら、と言っても怪我も病気もしていないが、私は今日まで前回の投稿から三週間も書かずにいたので、書く練習をしてみようと思う。練習だから、手抜きでいいや、というつもりでもないが、本番として気合いを入れるわけでもない。“書く” という状態がどういうものだったか、思い出してみたいと思った。  私は昨日、坂口恭平さんの『継続するコツ』という本を読んだ。一昨日は、同じく坂口さんが原作、道草晴子さんが漫画を描いた『生きのびるための事務』を読んだ。その二冊はたしか同時に買ったが、

    • 22 中原中也『芸術論覚え書』(読書録、400字)

       体の内とも外とも言いにくい感覚が全体的にぷっくりと膨れ上がり、破裂する気配もしぼむ気配もなく「充実」という言葉が浮かぶことなく私は私自身が球であると同時に球である私の観察者であった。「体験」と「観察」が分かれているともくっついているとも言えなかった。では何をしていたかというと、ただ単に球であった。  中也はたしか、こう言っていたーー「これが手だ。」と言う時に、「手」と発語する直前まで感じている〈手〉。それが感じられていればよい。  私は寝っ転がってスマホでそれを読んだが、そ

      • 21 坂口恭平『土になる』(読書録、2900字)

         坂口恭平さんの『土になる』がおもしろい。坂口さんが二〇二〇年四月に畑を始めて、約一ヵ月が経過したところから始まる日記だ。昨日読み始めて、二・三時間かけて約四〇ページ読んだ。もともと私は本を読むスピードはかなり遅い方だと思うが、この本を読むのは輪をかけて遅いと思う。風景の描写が多い…と言い切ることも出来ず、風景と思考と人物が切り離されていない。初夏の午前中の浜辺で潮の香りと風と光と温かさと波の音と心地よさと子供たちのはしゃぐ声を明確に区別するのが難しいのと同じ意味で、坂口さん

        • 20 佳境【日記、2700字】

           昨日は昼にパートナーと非常においしいイタリアンをゆっくりと堪能した。私たちは、食べる時は発言しない。聞いているからだ。食べる時は、料理だけかどうかはわからないが、料理を聞いている。聞き役に徹して、自らしゃべることをしない。二人で会話をして、といってもその「二人」の範囲が私にはわからないが、やむを得ずそう表現するならば、「二人で会話をして」、料理が出てくると黙々とそれを食べ、聞き、一皿目を食べ終わると「二人で会話をして」、二皿目が来るとまた黙々と…をその都度繰り返し、何皿か食

        23 坂口恭平『継続するコツ』『生きのびるための事務』(読書録、1500字)

          19 境界線【エッセイ、1900字】

          【2024年2月28日から同年5月19日まで行われた伊藤雄馬氏との「往復書簡」における、3月21日の記事を転載します。】  私はさっき食事を含む家事をひと段落させ、コーヒーを淹れて煙草を吸った。うまかった。深呼吸で煙草を吸い込むと、体と空間の境界線が急激に緩んで、そういえば[『小説風日記』の:筆者注]執筆を終えてからのここ一週間近く、雑巾掛けをしていないことに思い当たった。同時に、ここしばらくの間、体が硬くなっていたことにも気付いた。  体は空間なのだ。空間を整えるのは、体

          19 境界線【エッセイ、1900字】

          18 空【掌編、300字】

           星が動いていた。形をとどめず、流れていた。星の一つ一つが運動し、全てが流れていた。彼らは自由に見えた。彼らは自らを不自由だと思っていたが、そうは見えなかった。自由に動き、明滅し、全てが流れていた。自由と不自由を往復し、どちらにもとどまらなかった。生まれては滅び、滅びては生まれた。私は全てを経験し、流れていた。「私も死んだら、そこに行くの?」彼女は、私が見えていなかった。私はどこにでもいた。「見えない」を経験していた。「もうすぐ、会えるかな。」全ての瞬間に会っていた。彼女の視

          18 空【掌編、300字】

          17 花【短編、3100字】

          【以下の文章は、2024年2月28日から同年5月19日まで行われた伊藤雄馬氏との「往復書簡」における、5月11日の記述の一部を短編小説としてアレンジしたものです。】  おーちゃんとのセッションが始まる前に、私とパートナーと雄馬さんの三人が、セッション会場が併設されているカフェに到着しました。ランチをそれぞれ注文し、それを待ちながらの、歓談のひとときでした。ゴールデンウィークが明け、人出は落ち着いていました。道路に面したガラス張りの店内には、よく晴れた五月の陽光が差しています

          17 花【短編、3100字】

          16 源【掌編、100字】

           覚える、思い出す、目が覚める。知ること、死ぬこと。死んで、生まれる。生まれて、死ぬ。人は目覚めて、死んでゆく。生と死を分け、生と死を作り出す。もとは一つ。今も一つ。あちらとこちらを分ける以前は、全て一つ。つまらない。何も、わからない。分けよう。暇を持て余した、誰かの遊び。

          16 源【掌編、100字】

          15 K【掌編、400字】

           眠りたい、と彼が言った。彼は眠ったことがないと彼は思っていた。しかし彼は眠りたいと言い、眠ることに憧れていた。憧れて、眠ることのイメージが出来ていた。イメージを体験していた。  彼は自分は眠れていないと思い、眠っている人との不調和を感じていた。合わせることも出来た。彼は眠っているように振る舞い、眠っている人とうまくやれた。眠りたい。そう言いながら彼は「私は眠れていない」と自己暗示をかけ、結果、彼は「眠れていない私」を作り出していた。  彼は、眠ること、眠らないこと、その両方

          15 K【掌編、400字】

          14 日記-5【日記、1500字】

           私はこれを書き始める前に英語の“realize” を調べたくなって調べた。「調べたくなって」、その後に、「調べた」、ということなのだろうが、この表現は、「時間は、存在します。」という信念のもとに書かれている。「時間は、存在します。」は、「あの時間と、この時間は、別です。」だろうと思う。別だという前提があるから、「同時に」という表現が可能になるのだと思う。私もよく使う。  “realize” には、英英辞典を引いてみると、いくつかの語義が紹介されていた。例えばそれが三つの語義

          14 日記-5【日記、1500字】

          13 日記-4【日記、2900字】

           孤独、孤高、孤立…これらに用いられる〈孤〉から〈弧〉が浮かび、彼らがみな「円の一部」であるような気がしている。“コ” という音を持つ一字の漢字を含む語を挙げる。〈個〉人、自〈己〉、が浮かぶ。私にとって共通性が感じられるものを、その共通性に釣られて挙げている、ということもあると思うが、今は措く。個人なり、自己なりは、「円の一部」かもしれない。私は、〈円〉から、「ご縁がある」の〈縁〉が浮かぶ。そこから、「延びる」の〈延〉が浮かぶ。連想である。繋がり、もしくは、流れを感じるから、

          13 日記-4【日記、2900字】

          12 日記-3【日記、1900字】

           朝起きて、日記を書いている。六時半に起き、歯を磨き、ゴミを出し、コーヒーを淹れ、飲み、八時ピッタリに今、書き始めている。何を書くかはわからない。わからないが、というより、どちらかというと、わからないから、書いている。わかっていたら、書かないだろう。分かれていないから、「さぁ、じゃ、分けてみましょっか。」ということで、書き始まっているのだろう。私にとって「書く」すなわち執筆は、「始める」というよりも、「始まる」という言い方の方がしっくりくる。「私が執筆を始める」か、「執筆が始

          12 日記-3【日記、1900字】

          11 日記-2【日記、2400字】

           日記ならいくらでも書けると思って書いている。言葉ならいくらでもあるから書ける、ということなのかもしれないが、私は調子がよい時ほど言葉が出てこない、あるいは浮かばない、という気もしていて、調子が悪い、とまで言ったらオオゲサかもしれないが、頭の中でさまざまな言葉が渦巻いている時は、やはり「調子が悪い」という言い方で正しかったと思う。  今日の書き方は慎重だな、と自分で思う。一つの段落が短い。あるいは、一般的だ。昨日千八百字を一息に、一つの段落で書き切って、混雑していたのがスッキ

          11 日記-2【日記、2400字】

          10 日記【日記、1800字】

           一日が長いのか短いのかわからないし「一日」と言葉であっさり区切ってみても、その区切りをどうやって、なんでやっているのかもわからない。「渦中にいる」と「ハタから眺める」を行ったり来たりしているような気がして書いてみると、書いたそばから眺めてしまって「ハタから眺める」だけになってしまう…と書いている途中から、「『ハタから眺める』の『渦中にいる』」ような気がしてしまって手に負えない、ということをいたって冷静に書きつけることが出来ているのは、充分に手に負えてるんじゃないか。ここまで

          10 日記【日記、1800字】

          09 引退【掌編、600字】

           平日の全てが活動日であるのに加えて土日にもほぼ隔週で、年に2回の定期演奏会の他に、老人ホームやデパートのイベントスペース等でのミニコンサートが入り、選曲やホールの手配等の音楽以外の諸々の作業・打ち合わせは正規の活動時間外に行うという苛烈なスケジュールをこなし、好きで始めたはずの部活がいつのまにか好きでもなんでもない「無給の労働」と化していた快斗は、四年生の春に部活を引退して「やっとシャバに出れる」と思っていた。  大学に通い始めて四回目の春に、入学以来初めて、「授業に出るた

          09 引退【掌編、600字】

          08 オムライス【掌編、1300字】

           幼稚園の送迎バスから降りるなり夏希は迎えに来ていた靖子に 「卵のカラ持ってくよ。」 というセリフで伝えるべきことを伝えた後で 「おばあちゃん。」 と付け足した。  「卵のカラ持ってくよ」はよくわからないが、孫が嬉しそうにしているのは一目瞭然で、靖子は 「そうかい。」 と微笑みかけ、 「おかえり、夏希。」 と言って孫の「嬉しそう」を肯定し、腰の高さにある夏希の顔から視線を上げた。  「こんにちは。園でカタツムリの飼育をしていまして、そのエサとして卵の殻が必要で、各家庭から一つ

          08 オムライス【掌編、1300字】