記事一覧
【黄昏学園SS-17】盛夏、殺意は街を浸す病のように
私はそっと、水の浮力に身を任せた。
不安定なものに身体を預ける不安感から、指先にぐっと力がこもる。
「大丈夫だよ!」って、明るくて迷いのない声がした。
「力を抜けば浮くから!そのまま足を動かしてみて」
言われた通りに、私はぎこちなく足を動かした。ばちゃばちゃと派手な水音がして、ぬるい波が肌を打つ。
我ながら不格好で嫌になる。
せっかく大人っぽい水着で来たのに、こんな泳ぎ方、まるで
【黄昏学園SS-16】バナナブリュレフラペチーノにうってつけの日
「れんぴょん、もう身体平気なの? だいじょーぶ?」
二限が終わった小休憩、屈託のない声で尋ねられて、私は思わず息を飲んだ。
紅色の髪を結い上げた女の子──別クラスのはずの間宮ひまりが、私の顔を覗きこんでいる。
絶句した私を見て、間宮は、にぱっと花が咲いたみたいに笑う。
「あゆらんのつぶやき見て来たんだよねー! れんぴょん入院してたの知らなくてびっくりした! でもさ、学校に来れるくらい元
【黄昏学園SS-15】金魚迷宮
まるで水の底にいるみたい。
迷宮内部には、手のひら大の白い金魚が群れ泳いでいた。虹色の鱗をきらきら光らせて、花嫁のヴェールみたいな半透明の尾びれを、ふわふわ優雅にたなびかせて。
幻想に酔ったのは一瞬で、あたりを見回すと、薄あまい気持ちは吹き飛んだ。灰色のビルディング、都会とも田舎とも言えない、中途半端に栄えた街並み。見覚えのある建物の群れに、ここが箱猫市だって気付く。
周りにいる誰も
【黄昏学園SS-14】夢の国での延長戦
黄昏時。私は、百回は目を通したであろうパンフレットをパタンと閉じた。陽が落ちて、細かい文字が読み辛くなったからだ。
あたりを見回す。少なくとも私の目が行き届く範囲に、塞翁君の姿はなかった。昔、勉強でそうしてきたように、パンフレットの読み込みに集中していたので、塞翁君が何を喚こうが、まったく耳に入ってこなかったらしい。彼はおそらく私に話しかけるのを諦めて、私の側から離れていったのだろう。
【黄昏学園SS-13】この感情に名前をつけるなら
「塞翁君、あの電車に乗るぞ、急げ!」
「ま、待って、ニノマエくん! 人混みがすごくて……わっ、ごめんなさい!」
ぶつかった人にぺこぺこ頭を下げたあと、おれはダッシュでニノマエくんの指差していた電車に飛び乗った。
車内は空席どころか、人の立つスペースすら余裕がない。おれはあわてて背負っていた黒いリュックを持ち替えて、ぎゅっと胸に抱きしめる。
息も整わないうちに、発車を知らせるごきげんなメ
【黄昏学園SS-12】副葬書簡
ねえ、知っている?
人は、自分の願望の世界では、しあわせを感じることができないって。
だって、そこにあるのは、隠しきれない自分の剥き出しの欲を映した鏡だもの。
だから私は、私の願望の迷宮を作らなかった。一ノ瀬ちゃんが送り込んできた、解決部の部員の願望の世界を作り続けた。
さっき言った通り、自分の剥き出しの欲を反映した世界を見つめ続けられる人間なんて、いないから。こんなことは長続きしな
【黄昏学園#6'】塞翁 小虎
★→主催者の文章
☆→参加者の文章
無印→私の文章
【調査開始】
From:塞翁 小虎
再開発地区をうろついてたら、迷宮に入れたみたいっす。
おれ、今の箱猫市の毎日が最高に楽しくてしあわせなんで、たぶん迷宮攻略は楽勝だと思いますよ!
せっかく制服のままで来たんで、これから黄昏学園に行ってみますね。
迷宮の解決部のみんなは、こっちではどんな感じなんだろう。きっと現実世界と一緒じゃな
【黄昏学園SS-11】パンドラ
あれは年が変わってしばらく、めずらしく寒い日のことだったと思う。
あの日、解決部の部室のドアを開けると、おれと同じように黒髪にピンクのメッシュを入れた後輩が振り返って、八重歯を見せて笑いかけてきた。
「コマシ先輩だー。今日はバイトじゃないんですねー」
「う……き、今日は遅番だから、ちょこっと顔出しとこうと思って。木枯嵐くんこそ、部室にいるの、おれひさびさに見たっすよ」
「んー、まあたまにはー
【黄昏学園SS-10】蓮下の泥、泥中の虎
まどろむような陽気の、日曜日ののどかな昼下がり。竜希は今ごろ、青空の下でバットを振っているだろう。
伊織姉ちゃんは夕方には戻るって言って、車で出かけた。もしかしたら、デートかも。
みんなが出掛けた塞翁の家で、おれは一人、自室にこもる。
デスクチェアに座って、スマホを握りしめて、LINEにメッセ―ジを打ち込んだ。
「今なら、家に誰もいないから大丈夫」
ほどなくして、着信音が鳴り響く。
【黄昏学園SS-9】虹霓
風もないのにプールの水面が騒がしい。
小虎が投げ込んだボールの余波が、ずっと残っているせいだ。
プールサイドに座り込んだあたしは、広がっていく波紋を眺めながら、吸いさしの煙草に口をつける。
煙を飲んで吐き出しても、味のない空気を吸っているのと同じ、からっぽの感覚がする。あたしは煙草を塗床にこすりつけて揉み消した。
小虎は考えがすぐ顔に出るし、口にするのは心配や小言といった、いかにもあ
【黄昏学園SS-8】つがいといっぴき
榎本さんが立ち去って、おれはひとり、高級喫茶店に残される。
喫茶店にいるのは、きちんとした服装の大人ばかりだ。おれみたいに耳にピアスをたくさんつけた、ゆるい服装の学生なんて一人もいない。
場違いなところにいる居心地の悪さに背をまるめつつ、まだ温かなコーヒーをちびちび飲む。
おれと違って、榎本さんは堂々と背筋を伸ばしてコーヒーとケーキを楽しんでいた。こういう場所でも気後れしない榎本さんは、
【黄昏学園SS-7】価値観と劣等感 ー友達の登録ー
キッチンの作業台にコップを置いて、冷蔵庫から出したペットボトルの緑茶を注ぐ。
きれいな薄緑色が揺らぐコップをお盆に乗せているうちに、自然と左手の小指に視線がいった。
榎本さんに「何かこれ恥ずかしくないっすか?」って言ったけど、恥ずかしさと一緒に、こそばゆいような嬉しさがあった。
ゆびきりなんてしたの、いつぶりだろう。
今はもう友達と呼べるような人はいないものの、おれもうんと小さい頃に
【黄昏学園SS-6】短くて苛烈な火
『From:織田寧々
To:塞翁小虎
まじだっる!まじむかつく!かわいいとか二度と言うな。もし容姿の事なら、お前に言われると皮肉に聞こえんだよばーか』
「……は!?!?!」
オダネネから届いたDMを読んだおれは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
信じられない思いで、何度もDMの文面を読み返す。
おれが?
かわいいって言った?
オダネネに?
いつ?
どこで?
そんなのまった
【黄昏学園SS-5】穢れを払う晴れの日を
なんでこんなことになったんだっけ。
酔っ払ってふにゃふにゃになったオダネネを見守りながら、おれはそんなことを考えた。
有栖川さん主催のクリスマスパーティーは目を見張るほど豪華で、卜部さんが取り仕切ってくれたプレゼント交換も、白石さん考案の解決部有志による演劇も、夢のように楽しかった。
バイトで遅れるから迷惑になるかな、参加は見送ろうかな、なんて一時は考えていたけれど、今日ここに来て良かっ
【黄昏学園SS-4】黄昏学園解決部勉強会(勉強するとは言ってない)
「先日の期末考査で、追試になった部員が複数名いる。幸い得意教科と苦手教科がばらけているようだから、該当者で集まって部室で勉強会を開くといい。ちなみにこれは部長命令だよ。成績不振のせいで解決部の活動に悪影響が出るのは避けたいからね。部員同士、仲良く助け合うように」
そんな一ノ瀬 濫觴の一声で、解決部勉強会開催が決まったのは、つい先日のことだ。
そして勉強会当日。
校内の全面禁煙化に伴い、喫
【黄昏学園SS-3】熱があるので休みます
オダネネとの学生裁判がひと段落したその夜、スプリンクラーの水でびしょぬれになったおれは、家に帰るなり玄関先で倒れてしまった。
伊織姉ちゃんと弟の竜希に「帰宅してドア開けたら半死体が転がってるとかホラーだから、倒れるにしてももうちょっと場所を考えろ」と、どやされたのはゆうべのこと。
朝になっても38.1度と熱が下がらないので、学校に病欠の連絡を入れて、リビングのソファーの上でまるくなって、