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おおにしひつじの小説

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大西羊(onishi_hitsuji)の小説をまとめています。おもしろいのが書けてるとうれしいです。
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#文学

掌編小説:花の話

掌編小説:花の話

 花の話をしよう。

 といっても、今現在僕のふところに花の話は存在していない。妖精の話や、クリスマスの話なんかはあってそれを語ることはできるのだけど、花の話に限っては持ち合わせていない。つまり、花の話をすることはできない。
 いや、僕はこれについて申し訳なく思っている。いや、本当申し訳ない。ここに深く謝罪をする。

 ここは花の話の場所なのだから、もちろん、花の話があったのなら、もう血眼くらいの

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短篇小説:『孤独』

短篇小説:『孤独』

 その日も十時四十五分に待ち合わせていた。僕が駅につくと、彼女は身体を壁にもたせかけてうつむいていた。ゆっくり近づくと彼女は顔をあげた。僕は言葉なしに、にこりとした。彼女もにこりとした。駅にはさめざめとした人の往来があった。
 とくに予定はなかった。今日はどうしようか、ということになった。
 いつものように僕の家でゆっくりしようか。
 それともどこか特別なところへ出かけてもいい。ここは駅で、少し行

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短篇小説:文学について語るときに私の語ること

短篇小説:文学について語るときに私の語ること

 顔も服装も知らなかったけど、横顔を一目見てわかった。そのいで立ち、息づかい。かれだってことが私に伝わってきた。
 私はそれまですごく緊張していた。ことが決まってからずっと。『雪国』、『砂の女』、『さようならギャングたち』。ここの一週間はどれも手がつかなかった。ぼうっと気を取られて、気がついたときには西の空を眺めていた。鷹揚な顔つきをした文学さんが佇むあの空を。私の意識は他にあって、様々なことを考

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掌編小説:英雄と悪漢

掌編小説:英雄と悪漢

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 たびたび、古い小説を公開している。
 この作品も、暗くなって、戸棚の隅に眠っていた掌編のひとつだ。
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 ロッカーに鍵をかけて、僕は病院を後にした。
 冬の夜はとても冷える。家まで三十分、僕は何かを考えながら歩いている。右耳で静かな街の音を、左耳でグルードのピアノを聴いている。彼のピアノは新月の夜のような色をしている。
 病院には

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短篇小説:トリステ

短篇小説:トリステ

 当時の話をしよう。
 そのころ、私は西を目指していた。西に向かって旅をしていた。なにも、私が特別だったわけじゃない。かつては誰もが西を目指していたのだ。西にはすべてがあると信じられていた。そして、実際に西にはすべてがあった。求める物があり、甘い未知があり、平等の救いがあった。人々はまことしやかに西について語った。当然人には生活があったから、西を目指して旅立てるのは富豪か世捨て人に限られていた。西

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