太田貴之 Takayuki Ota

人生をなるべく退屈しないように完走したい。今はベルリンで大学院生をしてます。 好きなこ…

太田貴之 Takayuki Ota

人生をなるべく退屈しないように完走したい。今はベルリンで大学院生をしてます。 好きなことは、街をぶらぶら歩く・ビールを飲みながらの読書・芝生での昼寝・プロ野球談義など色々あります。 研究で衛星画像とDeep Learningを使って遊んだりもしてます。

最近の記事

小説|平和な昼食

「そのとおり!」  ベテラン司会者の低くてよく通る声が会場に響いた。解答席に備え付けられたマイクに向かって答えを言った今週のチャレンジャーは照れ笑いをしつつ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしている。  彼女はおそらく40歳くらいだろう。銀縁のメガネをかけて、肩までの髪が軽く巻かれている。クラスにいた”おとなしいけれど賢い子”がそのまま大人になったような女性だった。 「お、今日の人いいところまでいくかもよ」 台所に向かって瑠麟(るり)が話しかけると、 「そうねー」 そうい

    • 小説|指

       それはうんざりするほど長かった夏がやっと退いて、夕方の風が頬に気持ちよく触れる初秋のことだった。私は書き仕事を終えて近所の公園で一息ついていた。公園といっても住宅街に作られたこじんまりとしたもので、ブランコとベンチがあるだけのいかにも人工的な感じのする小さな四角い公園だ。人工的な感じがするしないに関わらず、公園というのは人の管理がなければ存在できないのだから、あまりその公園ばかりを責めるのも悪いような気もする。とにかく私はその公園をわりに気に入っていて、仕事が行き詰まったと

      • 地方公務員の給料が安すぎるのを解決するには火星への移住を進めればいいのか

        友達とオンラインで雑談していて、日本の地方公務員の給料が安すぎるという話題になった。大卒でも手取りが17万円とかのこともあるらしい。ほぼバイトじゃん。それしかお金がなかったら日々の生活を送っていくのがギリギリで、子供を産んだり育てたりしていくのはかなり厳しいよなあ。 じゃあどうすれば給料が上がるのかを連想ゲーム的に友達と考えてみた。 -給料が上がらないのは、日本の経済が成長してないから。 -経済を成長させるためにはたくさん製品を売らなければいけない。 -製品を誰に売るのか。

        • 小説|最愛の家族

          「おぎゃあ」 「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」  目を開くと周りには嬉しそうな、それと同時に不安そうな顔をした大人たちが私を取り囲んでいる。彼らの服装と部屋の設備から判断するにここは病院らしい。少し頭を傾けて医師の手元を確認する。まあ、悪くない。母親がこちらを覗き込んできた。三十代前半といったところか。目立たない顔立ちだが、大きな欠点はない。なにより出産の必要以上には肥満していない。父親は残念ながら私の誕生の現場には立ち会わせていないようだ。私はそれらを確認すると

        小説|平和な昼食

          詩|もしも神が

          もしも神が  この世に生を受けるか選ばせてくれたなら きっと私は 魂のままどこでもないところにいることを望んだだろう   もしも神が 今すぐ安らかに眠らせようと言ったなら それでも私は あと少しだけ夜ふかしがしたいと訴えるだろう   けれども私たちには そんな選択は与えられなかった 親切に尋ねてくれる神はいなかった こんなにひどい金貸しがいるだろうか 勝手に貸し付けられて、勝手に返済させられるんだ それならどう使おうと私たちの自由だろう?

          詩|もしも神が

          小説|白い電話

           すべての技術がいずれ陳腐化するように、電話もその法則から逃れられないでいる。僕が空で覚えているのは、自分自身の番号と実家の番号、それに職場の係に直通の番号くらいだ。ガールフレンドの電話番号だって覚えてはいない。そもそもガールフレンドにラインやスカイプじゃなく、本当の電話をかけたことがあっただろうか。  八月のありふれた日曜日の午後だった。僕はその夏何度目になるかわからない冷やしうどんを食べたあと、ソファに寝転がりながらJリーグの中継を眺めていた。毎試合熱心にチェックしてい

          小説|白い電話

          「良くも悪くも何かが変わる」今週の俳句(2021.02.21-28)

          春は不安定で、ナイーブで、脆くて触ってみたくなる生命力に溢れている。どん底ではなく、絶頂期でもない。ただ何かが変わりそうな予感がしている。そういうときにこそ僕は生きているって強く感じられる。 天道虫 デスクで摘む マドレーヌ 仕事中のおやつは季節によっていろいろと変わる。今週は少し暖かくなってきたから、バターをたっぷり使ったマドレーヌとブラックコーヒー。一息ついて窓を眺めると、春の陽気に誘われて出てきたてんとう虫がよちよちと窓枠を登っている。 春ニット 一輪挿しの ビー

          「良くも悪くも何かが変わる」今週の俳句(2021.02.21-28)

          「冬が終わる嬉しさと寂しさ」今週の俳句(2021.02.15-02.20)

          煙草より 煙草で私を 傷付けたいの 煙草なんて好きじゃない。臭いが服に着くし、おじさんみたいだし。でも今日は嫌なことがあったの。自分で自分が嫌になっちゃうくらい、嫌なことが。だから私は、煙草を吸う。急に吸ってむせ込んだり、ニコチンのせいでクラクラしたりしても、今日は構わないの。 空き箱を 数え暫しの 冷やし酒 インターネットで注文して届いた商品の空き箱で部屋がいっぱいになってきた。それらを一つ一つ畳みながら数えていると、商品が届いたときのわくわく、箱を開けるときの高揚感

          「冬が終わる嬉しさと寂しさ」今週の俳句(2021.02.15-02.20)

          今週の俳句と解説(2021.02.08-02.13)

          つくしんぼ あなたは何の人 僕は生きてる人 春は新しい人に出会うことが多い。でも僕は自己紹介が苦手だ。何をしてる方なんですか?って聞かれても、答えに困る。僕が仕事でしてること、趣味、出身。どれも僕の一部ではあるけれど、自分自身を一言で表すのに適した言葉ではない気がする。そもそも一言で自分のことなんて言い表せない。周りと比較して自分の個性をわかりやすく属性化・ラベル化することは、群衆からあなたのことを見つけてもらうのに便利かもしれないけれど、その属性に自分が縛られてしまうよう

          今週の俳句と解説(2021.02.08-02.13)

          今週の俳句と解説(2021.02.01-02.07)

          ベルリンは今週から毎日のように雪が降っていて本格的な冬を感じます。ドイツで過ごす三回目の冬ですがこんなに雪が降るのは初めてで、ここまで寒くなるのかと驚いています。余計に巣篭もりが捗りそうです。 逢へずとも 一人じゃないと 雪達磨 パンデミックで友達や家族と会うことが叶わず、孤独を感じがちな日々。今日はこの冬初めてまとまった量の雪が降った。でも夕方まで仕事だったから外に出るタイミングもなかったし、雪が降っても一人じゃつまらないな。 初雪にもあまり気分が盛り上がらないまま、翌

          今週の俳句と解説(2021.02.01-02.07)

          今週の俳句と解説(2021.01.26-01.31)

          ふと思いつきで俳句を作ってみることにしました。言葉を使ってなにかクリエイティブなことがしたいと思っていましたが、小説を書くのは時間がかかるしなかなか完成させられない。でも俳句の17文字だったら気軽にできるんじゃないかと思って始めました。 毎日1句を、#今日の一句 のタグをつけてインスタのストーリーとtwitterに投稿しています。そこでの投稿は句だけなので、どういう心情を詠んだ句なのかをnoteで解説しようと思います。色々な受け取り方ができるのが詩とか句のいいところなので、

          今週の俳句と解説(2021.01.26-01.31)

          小説|二週間

           感じのいいやつ、というのが僕を知る多くの友人からの寸評だった。    大学を出てからは大手の食品会社の研究部門で、缶詰めの魚の長期保存方法を開発していた。仕事はアドレナリンが出るようなタイプの職種ではなかったが、国内の缶詰めのシェアでは有数だったからつぶれる心配は少なかったし、缶詰めの魚は世界中どこでも食べられていた。  ある晩、会社の同僚と飲みに行った帰りに、自宅のマンションの前に見知らぬ外国人風の男が立っていた。僕は特に気にも止めずにそのまま妻が待つ七階の部屋へと向かっ

          詩|Pseudo Random

          詩を書いてみました。ノートを開いて、ボールペンを持って、特にテーマを決めずに思いついた言葉を書いていったら、この詩ができあがりました。自由に書くことっておもしろい。 Pseudo Random君は今 選ばれた 現世の徳とか 関係ない いい奴から逝くっていうけど 誰のランキング? 努力しても 真面目でも ナンバーを呼ばれたら おしまいさ 順番通りじゃない 神様が決めた Pseudo Random 洪水が 押し寄せた まだコーヒーの 途中なのに 誰彼かまわず なんで私? に答

          君は満足して、闘うのをやめるのか?|「幼年期の終わり」 アーサー・C・クラーク

          アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」をオンライン読書会で読みました。私たちは自立した存在であるために、自分自身の作品を作り続けなければならないと感じたのでシェアします。 あらすじ近未来の地球に高度な科学を持った宇宙人、オーヴァーロードが襲来します。その科学レベルの高さに圧倒された地球人は、戦うことなく彼らの統制下に入り、地球にはオーヴァーロードの導きによって平和と繁栄が与えられました。戦争はなくなり、国家は一つにまとまりました。しかし、その代償として、人類からは真に独

          君は満足して、闘うのをやめるのか?|「幼年期の終わり」 アーサー・C・クラーク

          なぜNetflixやYouTubeがあるのに、本を読むのか?|「華氏451度」 レイ・ブラッドベリ

          外出自粛で家にいる時間が増えて、みなさんどのように過ごしていますか?時間に余裕ができたら本を読もうと思っていたのに、いざ時間ができると意外と読まないっていう人が多いんではないでしょうか。だって、Netfilxがあるし、お気に入りのYouTuberも毎日更新してるし・・。 僕はレイ・ブラッドベリの「華氏451度」を読んで、どれだけ様々な新しい娯楽が生まれても、人類は本を読むことを続けなければならないと確信しました。 以下、あらすじです。(ネタバレなし) 本を読むことが禁止

          なぜNetflixやYouTubeがあるのに、本を読むのか?|「華氏451度」 レイ・ブラッドベリ

          ほぼほぼっていう日本語にゲシュタルト崩壊を引き起こされる

          あなたは「ほぼほぼ」という言葉を使いますか?ここ数年でよく聞くようになったと思って調べてみたら、2016年の「今年の新語大賞」に選ばれていました。 選考委員の解説によると、「ほぼほぼ」の意味は、 問題となる事柄に関して、完璧だというわけにはいかないが、こまかい点を除けば、その人なりに全体にわたって妥当だと判断される様子。「ほぼ」の口頭語的な強調表現。 だそうです。たしかに普段使っているイメージはそんな感じ。ほぼほぼ終わりました。とか、ほぼほぼ大丈夫です。とか。 この「

          ほぼほぼっていう日本語にゲシュタルト崩壊を引き起こされる