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今週の俳句と解説(2021.02.01-02.07)

ベルリンは今週から毎日のように雪が降っていて本格的な冬を感じます。ドイツで過ごす三回目の冬ですがこんなに雪が降るのは初めてで、ここまで寒くなるのかと驚いています。余計に巣篭もりが捗りそうです。

逢へずとも 一人じゃないと 雪達磨

パンデミックで友達や家族と会うことが叶わず、孤独を感じがちな日々。今日はこの冬初めてまとまった量の雪が降った。でも夕方まで仕事だったから外に出るタイミングもなかったし、雪が降っても一人じゃつまらないな。
初雪にもあまり気分が盛り上がらないまま、翌日になり、近くの公園に朝の散歩に出かけた。その道程で、大小さまざまなで個性豊かな雪だるまが道端に、芝生に、軒先に立っているのを見つけた。それらからは確かな人の存在が感じられて、直接一緒に話したり遊んだりすることはできないけれど、僕たちはここにいるよ、君は一人じゃないよと励まされているような気がした。

画面越し 気付いた日には 眉毛繋がる

今日は一週間に一度の、街に出かけてまとまて日用品の買い物をする日。普段は基本家から出ないし、仕事も全部オンラインだから、髪をセットしたりちゃんとした服を着たりするのも一週間ぶり。オンラインミーティングでも一応髭を剃ってはいるけど、パソコンのスクリーン越しじゃお互い細かいところまでは見えないだろうし、言わないのが暗黙の了解。
鏡に写った自分の顔を眺めるとなんだか違和感。近づいてよく見てみると、眉間に細い産毛が育ち始めている。毎日画面越しに自分の顔を見ているつもりだったけど、スクリーンに映されたものだけじゃ見えないものもあるんだなあ。

あげるのが 愉しきと知らず お年玉

まだお年玉をもらっていた子供の頃、なぜ大人はなんの理由もなく正月になると大金をくれるのかよくわからなかった。自分がなにかしたわけじゃないのにタダでお金をもらってるみたいで、受け取るときはなんだか居心地が悪かった。
そのモヤモヤは解消されないままだったが、従兄弟に子供が生まれたので僕は始めてお年玉をあげる立場になった。ポチ袋に新札を畳んで入れて、新年の挨拶と一緒にその子に渡す。その子も初めて会った大人たちに次々ポチ袋を渡されて困惑している。やっぱりそうだよなあ、と思ってテーブルに視線を向けると、その子が持ちきれなくなったお年玉たちが積まれて重なっている。それを見たとき、自分はこの子を育てる親族というコミュニティの一員なんだと実感した。そしてお年玉はそれを確かめさせてくれる大人のための行事だったんだと納得がいった。

ローソクに 相談しつつ LINEを返す

ドイツの冬は暗い。4時過ぎには日が落ちて真っ暗になってしまう。そんな長い夜を少しでも快適に過ごすために、仕事が終わってシャワーを浴びたあとは、部屋のライトをいつもの半分にしてその代わりにキャンドルの灯りで過ごす。
キャンドルの揺れる火を見つめていると、毎日の雑多な作業から開放されて、なんだか本質的なことを考えられそうな気がしてくる。そうだ、既読にしたままだったLINEを返さなくちゃ。ブツブツとキャンドルに独り言を言いながら、スマホの画面上で指を走らせた。僕にとってLINEを返すことが本質的なことだったかな。毎日働くだけよりかはマシな気はするけれど。

冬銀河 突然光った スクリーン

ベッドに入ってうとうとしていると、突然パソコンのスクリーンが光り出す。スリープモードにしてたはずなのにおかしいな。しかも一度や二度じゃなく、二週に一回くらい、いつもちょうど眠りに落ちそうなタイミングで光り出す。
夜中に消したはずのスクリーンが点いたらホラーのような怖いイメージを持つ人もいるかもしれないけれど、僕にとって急に光りだすスクリーンは、デジモンたちの住む世界との扉であるデジタルゲートが開いたことを意味する。そのままデジタルワールドに連れていってくれてもいいよ……。僕はファイル島に思いを馳せて目を閉じた。

二日酔いで 今日の一句は 休みます

ここはどこだ。昼過ぎに目が覚めたら、僕は知らないベッドで知らない服を着ている。身体は血管にセメントでも流し込まれたんじゃないかってぐらいに重い。自分の身体まで誰か知らない人のものを借りてきたみたいだ。今日の予定は……、読書会用にアル中が主人公の小説を読むのと、俳句を詠むのか……。臨時休業だな。僕はスマホを取り出してInstagramにメッセージを打ち込み始めた。

なんとなくで始めた#今日の一句ですが、二週間やってみてだんだんと習慣になりつつあります。そもそも季語が入ってない句も多いし、字余りも多いですが、そういう細かいルールを学ぶのは後回しにして、まずは何か作りたいという気持ちに任せて拙くても作品にするということを続けていきたいと思います。

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