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小説|平和な昼食

「そのとおり!」
 ベテラン司会者の低くてよく通る声が会場に響いた。解答席に備え付けられたマイクに向かって答えを言った今週のチャレンジャーは照れ笑いをしつつ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしている。
 彼女はおそらく40歳くらいだろう。銀縁のメガネをかけて、肩までの髪が軽く巻かれている。クラスにいた”おとなしいけれど賢い子”がそのまま大人になったような女性だった。
「お、今日の人いいところまでいくかもよ」
台所に向かって瑠麟(るり)が話しかけると、
「そうねー」
そういいながら美羽(みわ)は大きな皿をテレビの前のテーブルに運んできた。
「おー、すごい。思ったより大きいね」
「うん、新鮮なのが入ったって今朝仲良くしてるお店から連絡があったの。一人じゃ食べきれないから、ちょうど瑠麟が空いててよかった」
「私も食べるの久しぶりだもん、なかなか都会だと新鮮なのは手に入らないし、自分で調理するのも大変だしね」
「わー、おいしそう、いただきます!」
 瑠麟はいつもきちんと手を合わせて食事の挨拶をする。口の中でモゴモゴと唱えるだけの人が増えているなかで、心の内にあることを言葉にして表そうとする瑠麟のことが美羽は好きだった。
「やっぱ骨に近いとこはおいしいよね」
 そう言いながら美羽は頚椎に沿ってナイフで肉を切った。
「そうそう、食べるのがめんどくさいとこが一番おいしいんだよね」
 テレビの中のチャレンジャーは順調に正解を重ねて、会場は盛り上がりをみせている。
「大きいかと思ったけど意外と食べれちゃうもんなんだよね。骨が大きいからさあ」
 聴衆の熱気に呼応するようにチャレンジャーの顔にも紅みがかかってきた。
「ここが一番おいしいよ、やわらかくて」
そう言うと瑠麟は頬の肉を器用にナイフでこそげ取った。
「ほっぺの肉かあ、お店ではあんまり見ないよね。でも生きてる姿を見たあとだとちょっとリアルでキモいね」
「はは、たしかに」
 番組ではチャレンジャーがついに最終問題にたどり着いていた。興奮しているのだろう、呼吸も乱れている。
「さあ最終問題、挑戦なされますか?」
「やります」
 美羽はリモコンを手にとって、番組を24時間アニマルチャンネルに変えた。番組ではちょうど、一匹の牛が気持ちよさそうに草原で牧草を喰んでいた。

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