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イシューからはじめられない人に捧ぐ:「構文化」「妄想」「お散歩」のススメ


1.多くのことがイシューからはじまっていないという現実

「イシューからはじめよ」という偉大なる名著

「イシューからはじめよ」という書籍を読んだことがある方は多いのではないだろうか?
安宅和人氏という、マッキンゼー出身のビジネスパーソンによる問題解決に関する思考法を記した著書である。

2010年出版であるが、出版から10年以上が経つ今も尚、書店のビジネス本棚に平積みにされている発行部数50万部超えの大ベストセラービジネス書である。

「イシューからはじめよ」の中で著者は、問題解決のアウトプットの質は①問いの質(イシュー度)と②解の質の2軸で考えられると提唱している。
特に、問いが曖昧なまま解を求めようとするのではなく、まず①本当に解くべき問いを見極めることの重要性に焦点をあてているところにオリジナリティがあると思っている。

もし知的生産活動に携わる方で、まだ読んだことがない方がいらっしゃれば是非おすすめしたい1冊である。

※NoteやYoutubeでも様々な方が要約や感想をまとめているので、概略をつかみたい方はそちらもご覧になると良いと思います

にも関わらずイシューからはじめられている人は多くない

「イシューからはじめよ」というコンセプトは、ビジネス界にこんなにも普及したにも関わらず、実際に周りを見渡してみると、自分を筆頭にあまりにもイシューからはじめられている人が少なくないか?と感じている。

このように感じるのは、①「イシューからはじめよ」の著者である安宅さんと仕事をした経験から、イシューへの拘りを実際に肌で実感したとこと、②一方で、安宅さんの古巣業界でもあり最もイシューからはじめる文化が普及していてほしいコンサル業界に筆者自身が身を置く中で、安宅さん程にイシューからはじめられている人をあまり見ないこと(自分を筆頭に)が背景にある。

まず①について、筆者は縁あって1~2年間、安宅さんと業界分析のような仕事をご一緒したことがある。
3カ月単位で1つのアウトプットを出すような仕事だったのだが、アウトプットのイシューが決まるまで本当に仕事が先に進められなかった
苦戦する時は2.5カ月以上をイシューの特定に割き、最後急ピッチで解を準備するみたいなこともあった。
イシュー決めの議論の際には、こちらからイシュー案を色々と持っていき、安宅さんと議論するのだが、イシューの本質性(影響の大きさや内容)や仮説の深さについて指摘をもらい、多くのイシュー案が次々と没となっていった。
筆者は没になったイシュー案を深夜のオフィスで眺めながら「イシューからはじめるってこういうことかぁ~・・・」と書籍を読むだけでは感じられない経験に感動しつつも、知的忍耐力の壁にぶち当たり、うな垂れていた記憶がある。

一方で、キャリアのほとんどの期間を戦略コンサル業界で過ごしている筆者なのだが、コンサル業界というほとんど全員が「イシューからはじめよ」を読んだことがあるような業界であっても、(筆者を含めて)安宅さん程イシューからはじめられている人は多くないというのが正直ベースの筆者の感覚である。

2.なぜイシューからはじめられないのか

こんなにも重要な概念なのになぜイシューからはじめられないのだろうか?
その答えを考察するにあたり、イシューからはじめるための必要要素を4つに分解してみた。

イシューからはじめるための4つの必要要素(筆者作)

❶マインド:イシューからはじめる必要性を理解している
❷ゴールイメージ:目指すべき良いイシューについて高解像度で理解している
❸アプローチ:良いイシュー導出のアプローチを理解している
❹スキル:各アプローチを遂行するための十分なスキル・知識・経験を具備している

個人的見解として、❶については少なくとも「イシューからはじめよ」を読んだことがある多くのビジネスパーソンであれば、その必要性を十分に理解していると考える。
おそらく問題は❷❸❹にあるだろう。

❷良いイシューの解像度について、これは筆者自身のことなのだが、「イシューからはじめよ」を読んだのが社会人駆け出しくらいの時期だったので、それからかなり時間が経っており、本稿執筆前まで良いイシューのイメージがだいぶ朧げになっていた。
ただ、イシュー導出力は職位が上がれば上がる程重要になる力であるので、まさに今こそしっかりと良いイシューについての解像度を上げておかなければならない。
筆者のように、有名な著書だけに、若手の時に読んだものの、本当にイシュー設定力の真価が問われるお年頃/職位についた段階では内容理解が朧げになっている、、、という人もいるのではないだろうか。

❸アプローチについて、本記事を執筆するにあたり、もう一度「イシューからはじめよ」を読み直したのだが、特にアプローチに関しては単純に内容の抽象度が高くて実務で使いこなすには少し難易度が高いかもしれないと感じた。(逆に言うと、本質的な内容になっているので、いつ読み返しても気づきがあるような噛めば噛む程味が出るスルメ的コンテンツである部分が本書の最大の魅力である)なので、筆者のようになんとなく分かったけど、仕事では活かしきれていないみたいな人もいるのではないだろうか。

❹スキル面については、正直ある程度の経験や知識、センスが必要になってくると思う。良いイシュー/仮説を立てるには対象の事業環境やクライアントの戦略への理解度といった、前提条件の理解の深さ/鋭さも関わるし、ロジカルに考える力は勿論、クリエイティブに発想する力も必要になってくると思う。従い、一朝一夕で身につくものではないと思っている。
このように考えた時に、まずは今日からでも改善しうる要素は、❷良いイシューについての解像度と❸良いイシュー導出のアプローチの2つであると考える。

3.イシューから始めるための「構文化」「妄想」「お散歩」のススメ

「イシューからはじめよ」の素晴らしいコンセプトをなんとか日々の業務の中に(出来れば簡単に)取り入れるべく、❷良いイシューイメージの解像度を高め、❸適切に良いイシューを導出出来るような、超実務的で簡単な方法がないか検討した。
実務的で簡単な方法に落とし込むことで、この本質的だが掴みにくいコンセプトを、実務を通じて自分のものにすることを期待している。

結果、以下の2つの方法に思い至った。

(1)良いイシューの「構文化」
(2)イシュー仮説の「妄想」時間の確保とそのための「お散歩」の実行

(1)良いイシューの「構文化」

❷良いイシューの解像度を簡単に保つために、良いイシューの条件を構文に落とし込んでみることにした。
こうすることで、良いイシューになっているかどうかを、よりシステマティック/簡易的に判断出来るようになることが期待出来る(と思っている)。

「イシューからはじめよ」の中で紹介されている良いイシューの条件とは以下の3つである。

<良いイシューの3つの条件>
ⅰ本質的な選択肢である:イシューの答えが出ることによって事態が先に進むようなイシュー
ⅱ深い仮説がある:a.常識を否定する、或いは、b.新しい構造で物事を説明している
ⅲ答えが出る

本質的なポイントが整理されているのだが、このままだと少し抽象度が高く、解釈の幅の広さが良くない方向にも向かいかねない。
従って、(若干の歪曲を恐れない覚悟で)これらのエッセンスを詰め込んだイシュー仮説構文を以下の通り考案した。

<イシュー仮説構文>
・クライアントは●●と考えていると思うけど/気づいていないと思うけど、実は▲▲
・▲▲であるということは、クライアントの■■(重要事項)が大きく悪化する/改善する可能性を秘めているということ
・従って、▲▲ということを踏まえて、○○を検討・実行すべき
※一点目は良いイシュー条件ⅱに、二点目は条件ⅰに対応。条件ⅲは省略
※三点目は、条件ⅰを解釈して「空・雨・傘」論理を参考に傘部分を追加

上記の構文を本記事にあてはめてみると以下のようになる。

<イシュー仮説構文の適用例>
・「イシューからはじめよ」を読んだことがある人は(自分を筆頭に)、概ね理解出来た/為になったと思っていると思うけど、実は内容が本質的(抽象的)であるが故に、実務レベルでもそのコンセプトを体現出来ている程内容を咀嚼出来ている人は多くない
・実務レベルでコンセプトを体現出来ていないということは、(自分を筆頭に)読者の知的生産性を大きく改善出来る可能性を秘めているということ
・従って、この名著のコンセプトを実務レベルで具現化する方法を提案すべき

どうだろうか?人によっては、3つの条件のままの方が使いやすい人もいそうだが、少しでも使いやすく感じてくれる方がいれば幸いである。

(2)イシュー仮説の「妄想」時間の確保とそのための「お散歩」

構文化によって、導出すべき良いイシュー仮説のイメージが持てたところで、そこまでのアプローチについても、今日からでも取り入れられるような実務的アプローチを考えてみた。

それは「妄想」と「お散歩」である。
それぞれについて説明する。

「妄想」のススメ

(1)の構文でもある通り、良いイシューの要素としてクライアントに新たな気づきを与えるというものがある。
この要素を含めるには、クライアントが今どのような考えや課題意識を持っているのかを深く理解する必要がある。
そのための第一歩が「妄想」になると考えている。
個人的には、アウトプットの質はこの「妄想」の深さに大きく左右されると思っているくらい、大変重要なプロセスだと思っている。

本稿執筆時の妄想の一部を例として以下に記す。
(実際はもっと右往左往と寄り道をしている)

<妄想項目の例>
a.テーマに関するクライアントの現状
b.クライアントの課題や課題発生のメカニズム
c.課題解決にかかる葛藤
d.クライアントの考えを覆せそうなこと

<妄想内容の例>
a.テーマに関するクライアントの現状
・特にコンサル業界では「イシューからはじめよ」はほとんど全員読んだことがあるはず。にも関わらず少なくとも自分の周りのコンサル現場はあまりイシューからはじまっていない(安宅さんとご一緒した経験や自分の過去のプロジェクトを思い出す)

b.クライアントの課題や課題発生のメカニズム
・自分の場合、「イシューからはじめよ」はコンサル必読本過ぎて、かなり若手の時に読んだから、今や内容はうろ覚えになっている。読んだ当時は正直イシューを見極めるレベルの仕事をやっていなくて、解を出すための最低限のタスク遂行力をつけるので手一杯だったので実務との紐付けは出来ていなかった。ただ管理職になった今まさにイシュー設定力が自分の価値創出の本域になっていて、今読むと若手の時よりは自分の実務につなげることが出来る。自分の様に本当に必要性が高まった時には内容を忘れてしまっている人もいるのでは?
⇒本当に必要な時には内容を忘れてしまっている仮説

・そういえば、「イシューからはじめよ」のレビュー記事とか読んでいると「自分には難しい」「何回も読み返さないとなかなか理解出来ない」みたいなコメントをよく見る気がする。確かに内容が”本質的”なだけに、抽象度が高くて、概念として正しいのは分かるけど(だから読んだら分かった気になるんだけど)、実際に実務レベルの具体性まで落とすことが難しいのかもしれない。若手だと特にそうだけれど、ミドル層になっても似たような状況かも
⇒そもそも本質的(抽象的)すぎて内容が難しすぎる仮説

c.課題解決にかかる葛藤
・本来であれば、「イシューからはじめよ」みたいな木の幹系の本質的コンテンツは、自分なりに咀嚼して実務に落とし込めるまで考える必要があるのだけれど、それをやるにはかなり頭を使うし時間がかかるので正直しんどい。巷で売れているビジネス本を見ると「~~を実現するための5つの方法」みたいにシンプルで実践的な方法論に落とし込んでいる本が多いように感じる。ビジネス系読者のマジョリティ層は、もちろん、木の幹になるような本質への気づき・理解が重要であるとは思いつつも、少し内容がチープに響いても良いからすぐに実務に活かせるような枝葉まで具体化された提案を求めているのかもしれない
⇒「イシューからはじめよ」のコンセプトを圧倒的に実務の枝葉まで落とし込んだコンテンツにニーズがある仮説

d.クライアントの考えを覆せそうなこと
・自分自身「イシューからはじめよ」を理解していると思っていたけど、実務に使える程理解を深められている訳ではなかった
・実務に使える程理解を深めるためには、自分なりに咀嚼する時間と労力が必要と思っていたけど、まずすぐ使える方法論に落としてみて、その方法論を実務で活用することで、実践を通じて理解を深めていくボトムアップ的なアプローチも有効なのでは

ここで、特にハイライトしたい項目は、c.課題解決にかかる葛藤である。
一見すると、bの中に包含されそうな項目なのだが、最近「コンセプトの教科書」(細田高広(著))を読んで、本当に顧客が求めるものは顧客でも言語化出来ていないことが多く、勝つ葛藤の中に存在することが多いというメッセージに激しく共感したため、敢えて別項目として設定した。

詳しくは上記著書を読んでいただければと思うが、象徴的な事例を以下に紹介する。

・顧客ニーズの内、顧客が認識したり顕在化しているのは5%のみ。残り95%は顧客自身も気づいていない
(例)あるハンバーガー店で顧客インタビューした結果、野菜をとりたいというニーズが確認出来たのでサラダメニューを開発したが思ったように売れなかった。逆に肉厚バーガーを販売したら売れた
・オイシックスの顧客は料理に手間をかけたくないという表面的な課題を抱えると同時に、とは言え食卓に手抜き感も出したくないという表面課題とは相反する葛藤も抱えている。従って、手間は減らすが、手間を完全に抜き過ぎず、手抜き感が出ないようなメニュー開発を重要視している

「お散歩」のススメ

上述の通り、「妄想」を行う場合、今自分が持てる情報を総動員して、発散的に発想を飛ばしたり、論理的に組み立てたりする。
特にこの発散的で創造的な思考回路は、一部のクリエイティブ職種を覗くビジネスパーソンの業務時間の多くを占めていると想像する論理的/システマティックな思考回路とは異なる。

このような創造的思考を促すためにおすすめしたいのが「お散歩」である。
以下の通り、過去の研究において、「お散歩」が創造的思考に向いていること、更にはルートを決めずに自由に歩くタイプのお散歩が有効であることが確認されている。

・アメリカ・スタンフォード大学が2014年に行った研究によると、トレッドミルの上を歩きながら創造性を測るテストを受けた場合、座ったまま受けたときと比較して81%もスコアがアップした(出所)
・台湾の国立屏東大学のチュン・ユ・クオ博士らは、64人の大学生を対象に、400m×500mの長方形内を、自由に2分間歩いたグループと、同じ長方形の線上(決められたルート)を2分間歩いたグループの創造性テストのスコアを比較。結果、創造性の3つの要素、つまり、アイデア数(流暢性)、アイデアの多様性(柔軟性)、ユニークさ(独自性)のいずれにおいても、自由に歩いたグループのスコアが有意に高いことが分かった(出所)

従って、イシュー仮説導出のアプローチとして、家や職場の周りをあてもなくうろうろと歩きながら妄想することをおすすめしたい。
ちなみに、イシュー仮説設定のアプローチの中で「妄想」と「お散歩」は以下のタイミングで行うイメージである。

イシュー仮説設定のアプローチ(著者作)

4.さいごに

若手の頃は、イシュー設定力というよりも、解を作る作業者としての力を身につけることに必死だったが、キャリアを重ねていく程に、本当に重要なイシューを見極め、設定する力が求められるようになってきていると感じる。

筆者は現在コンサルティングファームでシニアマネジャーという職位についているが、このタイミングで今一度「イシューからはじめよ」のコンセプトを胸に刻むとともに、本稿で記したようなアプローチを実務で活用することで、少しずつ自分のものに仕上げていきたいと思っている。

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