最近の5冊+3冊:昔のことをもっと知りたい欲
5冊読んだら感想を書こう、という個人企画の一環。今回はこんなラインナップ。前回は4月か! と思って確認したら5冊+3冊でした。
織田武雄『地図の歴史 世界篇・日本篇』(講談社学術文庫)
ちょっと前の「講談社学術文庫セール」で買った1冊。文字通り「地図史」についての超基本的な内容。開いてすぐ面白かったのは、地図は最初紙や皮のようなところに「書き付ける」ものとは限らなかったこと。石や木の実などを使って位置関係を示すものが地図の原型だという。もうそこから自分の既成概念がいかに根本から影響されているか痛感する。
そして地図は測量技術だけではなく、そのときの政治や経済レベル、文化に応じて進歩していく。天文を測量する技術の有無で精度や描けるものが変わるのは予想できた。でも「そのときに見えてなかったエリア」は誰も知ろうとしないし、図で示す意義も生まれていない。例えば古代ヨーロッパではインドより向こうは概念としてないというか、今でいう中国や日本の存在を想像すらしていない。
で、地図を作るのも配布するのも経済的に豊かでないと無理。いろんな複合的な要素が相まって発展していったのが分かる。
この本の基は昭和49年刊行の本で、当時の日本の地理や地図に関する政策が紹介されていて興味深い。「昭和52年頃にはこんなデータが揃って、世界的にもやっと標準に並ぶ」という話を読んでつい調べてしまった(ちゃんと実現していた)。
音声配信でもこの本についてちょっと話しています。
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トム・ギル『毎日あほうだんす 横浜寿町の日雇い哲学者 西川紀光の世界』(キョートット出版)
夏前に読んで「今年のベストかも」と思った1冊。
タイトルにもあるように、西川紀光(きみつ)さんという日雇いで働いていた男性がこの本の主人公。社会人類学者である筆者がフィールドワークで寿町に来たとき、出会ったのが紀光さん。彼は英語で筆者に話しかけ、イギリス人と知るや過去の首相や哲学者の名前を挙げてネタにしてくる。
もっと詳しく話を聞きたい、と何度も取材して本を書いたのが2013年。今回はその「完全版」として、紀光さんとの別れや家族の話も載っている。
紀光さんはひたすら本を読む。古本屋や図書館で気になった文学、哲学、政治学、社会学などを読み込んで、自分の生活と照らし合わせて仮説を立ててみる。また読み込んで考えが変わることもあるし、変わらないこともある。
私たちはついこうやってアウトプット前提、誰かに見せること前提で物を知ろうとすることがある。そうではなくて、純粋に「書物から知見を得て血肉にする」のを実践していた紀光さんの存在は衝撃だった。
ベストセラーばかり追わなくてもいい。お金がなくても読もうと思えば本は読める。そしていつでも考えようと思ったら考えられる。それを教えてくれた本だった。
音声配信でもこの本についてちょっと話しています。
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ジャレド・ダイアモンド/倉骨彰訳『銃・病原菌・鉄(上)1万3000年にわたる人類史の謎』(草思社文庫)
ずっと気になっていたけれど読めていなくて、本屋の平積みを見て買った。そしてまだ(上)です。
『地図の歴史』を先に読んでいたので、文化の広がり方、認識の仕方を思い出しながら読む。当然ながら地図がなかった時代・地域でも人類がいて、考古学や化学を使ってどんな暮らしをしていたかが明らかになっている。
特に最初のほうは流れる時間幅の長さに圧倒される。ちょっとしたことが数千年の幅、数万年の幅で語られる。そのときに暮らしていた人は3代前はもちろんのこと、10代前も20代前も同じような生活をしている。今のように1年どころか数カ月単位で物事が変化していくのがとても特別なことに思える。というか実際特殊なのだろう。
ジェシカ・ブルーダー/鈴木素子訳『ノマド 漂流する高齢労働者たち』(春秋社)
この本を知ったのは野本響子さんのnoteからだった。
アメリカでは定住地を持たずにキャンピングカーで暮らし、季節労働者として収入を得ている高齢者が増えている。前職はさまざまで、いわゆるエリート層だった人が家を手放して車上生活をするケースも珍しくない。
筆者に対してとても前向きに「自由を手に入れた」と話す人も多い。確かにそういう側面はある。でもやっぱり年を取って体力も衰えて、健康の問題が大きくなってくると車上生活はきつい。
本を読んで驚いたのは、Amazonなどの大企業がこういった高齢者やノマドを対象に、システマティックに働き場所を用意して積極活用しているところだった。人集めをするときの文言はもちろんキラキラ前向きだし、PRに出てくるシーンも希望に満ちている。
でもやっぱり冷静に考えると、長く続けられる生活とは思えない。読む人によっては「こういう生活も体験してみようか」と考えるかもしれないけれど、私はどこかに「家」を欲するのだなと再認識する。
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郡司正勝『鶴屋南北 かぶきが生んだ無教養の表現主義』(講談社学術文庫)
Voicyで「鶴屋南北は面白いらしいと学生時代に人から聞いて、確かめたら面白かった」という又聞きの又聞きみたいな興味から買った1冊。
こちらのチャンネルの5月の浮世絵話のどこかだったと思う。「講談社学術文庫セール」も大いに後押しした。
「鶴屋南北」という名前だけは知っている。日本史の江戸文化史には必ず出てくる。ただし名前しか知らない。
この本から辿ると、鶴屋南北は当時の演劇文化(といっていいのか)の中でもかなり変わった趣向で客を楽しませる人だったらしい。それもきちんと脚本内で展開して、従来にはない転換や結びつけであっと言わせるタイプ。
彼の生い立ちや歴史と一緒に、当時の演劇の周辺がどうだったのかも詳しく載っている。何だろう、今で言えば「昭和半ばから後期の小劇場文化についても詳しく書きました」という感じ。
当時流行っていた小屋の裏話、文献から類推される人間関係、お上から急に出てきた法律と変化など、その時代の息づかいというか演劇を取り巻く人たちの空気まで見えてくる。
まだ作品を読んでいないので、ちゃんと見てみようと思った。
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矢吹晋 『文化大革命』(講談社現代新書)
中国に語学留学していたとき、マンツーマンで大学の先生から中国語を教わる機会があった。教科書に沿った勉強だけでなく世間話もして、何人かの先生から文化大革命当時の厳しい状況を教えてもらった。
やっぱり大学の先生をするような人の家は、両親や一族も知識階級と言われる人たちが多い。そうすると当時の厳しい弾圧をもろに受けていて、一定年齢以上であれば強烈な体験として残っている。
私の拙い中国語レベルでも分かるくらい理不尽で、話しているうちに涙がこぼれる先生たちを見ていて何度ももらい泣きした。
でも、その文化大革命で何が行われ、何が問題とされたのかをちゃんと調べたことがなかった。基本的な情報を知りたくて数ある文革関連本の中からこれを選んで買ってみた。
刊行は1989年、まだ天安門事件が記憶に新しい頃。そして21世紀に入ってからの中国の経済的な躍進をあまり想像していなかった頃。
文化大革命の時期を3つに分けて、章ごとに主要な登場人物を立てて視点を定めたのは分かりやすい。前半はまだ政治的な目標がなされていたものの、だんだんなし崩しになる。
「自己批判」という言葉がとても便利に使われていて怖い。山本直樹の漫画『レッド』シリーズでは日本赤軍が描かれていて、頻繁にこの「自己批判」が出てくる。
その本家本元の中国も十分怖い。そういえば大学のサークル棟にはまだ「造反有理」の落書きが残っていた。
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宗祇・福井久蔵『水無瀬三吟評釈(現代語訳付)Kindle版』(やまとうたeブックス)
自分が連歌(歌仙)に参加することがなければ、読み通すことはできなかったであろう1冊。連歌についてはnoteと音声配信でも述べている。
作歌して「これ大丈夫? どうすればいい?」と悩む身にとっては、最大のガイドになった。連歌の神様みたいな人の代表作(正確には他の参加者もいるけれど)をまとめ、1句1句について前後のつながりを解説しながら現代語訳もされている。
「こうつなげるのか」という発見のほか「あんまり同じモチーフだと野暮なのか」とか「見える化しすぎてもダメらしい」など禁じ手も分かってくる。こういうのはやっぱり量と流れを追わないと分からない。
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中島健太『完売画家』(CCCメディアハウス)
刊行直後のプロモーション記事にアートとの向き合い方の記述があり、もっと詳しく知りたいと思って購入。でも種明かしをすると、知りたいと思ったそのポイントはあまり詳しくは書かれていなかった。
ただし描き手が「どうやって描いて食べていくか」については詳しい。ギャラリーや百貨店との力関係、実際に注意すべき点なども経験がそのまま書かれている。
自分が思い出したのは銀座にあるギャラリー「Art Mall」さん。ここは2階で展示会を開くだけでなく1階でアートを買うことができる。
あと、コレクター夫婦の日常を描いた映画『ハーブ&ドロシー』。彼らは投機目的ではなくて、本当に好きだと思ったアートを買っていく。若いクリエイターの作品もバンバン買う。そして好きなアートに囲まれた暮らしを楽しんでいる。生活とアートについて考えさせられる。
この映画には『ハーブ&ドロシー2』もあって、彼らがあまりにも楽しそうなのでこっちも買ってしまった。
その対面にいると意識すると、クリエイターである中島さんの本も感慨深い。
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5冊を読んだら書くという縛りはなくてもいいのかもしれない。5冊ずつのまとめ記事は残すけれど、読み終えた時点での感想も残したい。書き出すときの熱量は直後が一番高いだろうからなあ。今回の反省点でした。
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