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最近の5冊:珠玉のエッセイと重厚小説

5冊読んだら感想を書こう、という個人企画の一環。今回はこんなラインナップ。

向田和子編『向田邦子ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)

親が好きで単行本を買っていたので、昔から読んではいた。NHKドラマも観ていたせいで向田さんのお父さん像は勝手に杉浦直樹さんになっている。

ただ、それは二十歳前の話。あれから時間と経験を経て、仕事でもいくらか動いて実績が残り始めて、身体的にも「ピークは過ぎたな」と感じ始めてから読む向田邦子は全く違う世界だった。

文章はもう文句なく巧い。ちょっとした事柄を入口に、思い出したエピソードを連ねる構成で鮮やかな場面がいくつもいくつも浮かび上がる。暮らしとしてはおそらく全然庶民とは違う経済レベルの人だけれど、文章で接する向田さんの感覚は私たちでも「そうそう」とうなずきたくなるものばかり。

その上で、この年になって気づいたのは向田さんのプライドの高さかもしれない。一見サラッと描かれている中にも毒のある言葉が差し込まれていたり、自分と人を比べるときの視点で「ああ、そこは捨てきれない人なのか」と見えてきたり。

働いている女性だからこその矜持というか、意地みたいなものもある。時代が違えばなおさらだろう。今度、向田さんの年齢を超えた後に読めば、また違う感想を言いそうな気がする。

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ボブ・グリーン/井上一馬訳『チーズバーガーズ』(文藝春秋)

存在を知ったのは岡田斗司夫さんのゼミでの紹介だった。「文章が下手くそな後輩がいたので、これを書き写せと渡した本」「いやあ、写し終えたらちゃんと上達していましたよ」という話だったので、ずっと気になっていた。

エッセイスト、コラムニストとして著名だという割に邦訳本ではあまり恵まれていないのか、新刊ではなく古本で探さざるを得なかった。でも探すだけの価値がある1冊。

訳のうまさもあると思う。海外からの訳本で苦手なのは、あまりに直訳すぎて日本語として全くこなれていないケース。あとは原典に登場する人物や景色があちらのローカルすぎて、何の話か前提が分からず迷子になるケース。この本はどちらの危険もない。

著者が出会った人物と彼らにまつわるエピソードが大半。それでも彼らの背景が地の文でしっかり紹介されていて、文化的な差分は気にならない。

短いエッセイの中で、それを踏まえて目の前でどんな行動や言葉が出てきたのかを細かく描写している。でも読んでいる最中は細かさや緻密さが自然に染み込んできて面白く、ぐいぐいと先を読みたくなる。

事実の記述と、書き手が受け取った感情のバランスが絶妙。確かにこれを見本に書き写したら、リズムを自分に取り入れられるかもしれない。

リンクは全国の図書館の蔵書検索と、Amazonサイト。

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野本響子『日本人は「やめる練習」がたりてない』(集英社新書)

noteで野本さんのマガジンを定期購読している。マレーシア在住で、子育て中の生活から仕事や教育、異文化比較など多岐にわたる話題で毎日記事を書かれている。この本を読んで、note情報の土台にはこんな状況があったのだと改めて深く知ることができた。

執筆とタイトルは野本さんのtwitterが発端だという。

私は小学校時代から転校が多く、環境が強制的に変わる体験を何度もしているので、比較的「やめる/断る/逃げる」というのは潔くできるほうだと思っていた。でも野本さんの本で紹介されるマレーシア社会は、もっと軽々といろんなものがやめたりやめられたりしている。まだ甘かった。

私には子どもがいないので子育てについて何かを参考にする機会はないのだけれど、むしろ40代半ばを過ぎた自分でも「当てはまるな」と思える捉え方が載っている。学校もそう、仕事もそう。例に出ているマレーシアの大人たちも人生を楽しんであっちこっちを行き来する。

何となくある「こうしなきゃ駄目」というのは、無意識に自分を縛っている。改めて言語化すると根拠がないことばかりだ。若い人だけでなくそれ以上の世代でもまだ「やめて大丈夫」だと分かった。

あと、これからの暮らしに英語力は必須。

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川越宗一『熱源』(文藝春秋)

直木賞を受賞した1冊。舞台は明治期から太平洋戦争が終わる頃までの北海道。先祖代々そこで暮らしてきたアイヌの人たちと、東欧の混乱に巻き込まれてしまったポーランド人の人生の糸が絡み合っていく物語。

読み始めてしばらくして「熱源」という言葉がこの本の中でどう扱われるのかが分かってくる。登場人物たちがこの「熱」を感じるたび、読んでいる自分の「熱」はどこだろうかと探してしまう。あるのかな。あってほしい。

みんな、政治と戦争やいろんな国の政策によって理不尽に振り回される。本当に理不尽としかいいようがない。ただそこで暮らしていただけなのに、勝手にどこかへ取り込まれ、外され、命を危険にさらすことになる。

北海道の歴史というと明治以降の開拓の武勇伝が語られることが多い。でもその陰で何があったのか、この本はつぶさに描いている。自分はどう転んでも和人側なので心苦しくもなる。

最後まで読み終えて登場人物たちの人生を一緒に走り抜けると、この物語の構造に驚く。2周目の序章を読んだところが本当のゴールかもしれない。

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アーネスト・ヘミングウェイ/高見浩訳『われらの時代・男だけの世界: ヘミングウェイ全短編1』(新潮文庫)

大御所の短編集その1。実はまだ読んだことがなく「そろそろ読まないといけないな」と積ん読になっていた1冊。

とにかく描写が細かい。手順や道具に関する記述が、これでもかこれでもかと続く。たぶん昔はこの部分が苦手だったのだと思う。

でも今はヒロシさんのソロキャンプ話を手始めにいろんな冒険ごとの面白さを昔よりは理解できるようになった。そのおかげで描写の緻密さを楽しめたし、正確さ(力の加減や周りの景色など)を堪能した。

本が世界の理解を助けたというより、見聞きして経験したことと年を経るまでの時間が本の理解を助けてくれた感。今だから読み切れた。こういう順番もありなんだな。

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エッセイのリズムを取り入れたくて、いろいろ読んでいる。自分だと「この描写はすっ飛ばしてなかったことにするなー」と思う事柄も丁寧に拾って言葉にしている。「書く」よりも前に「気づく」「書こうと思う」のプロセスが大きく抜けているのだと分かった。観察観察。


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