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親のこととか死ぬこととか

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私のテキトー受験記と懺悔

友人たちの子どももずいぶん大きくなって、受験やら進学やら親は気を揉むばかりで大変よねー、と他人事だから遠い目で眺めていた。

先日、受験生を抱えるうちのスタッフと話をしていた時、なんとなく自分の話をしたら「えーっ!ありえん!それ結構ひどいですよね!!」と言われて、そうかと思った。
笑い話のつもりだったけど、彼女の言うように親目線で見たら確かにひどいな。いやいや、そう考えるとうちの両親ってずいぶん心

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あなたも死ぬって知ってた?

あなたも死ぬって知ってた?

誰もがいつかは必ず死ぬのだということ
もちろんみんな知っている

けど、本当にそう思って暮らしている人は
少ないのだろうなと思う

いつかは来るけれど、それはまだまだずっと先のこと
ましてや自分の身近で起きるなんてことはないからと
考えることをせずに生きている

頭では分かっているけど、体感として理解はしていない

だから、誰かが亡くなると必ず出てくる言葉
「まさかそんなに早く」
「もっと○○して

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家族を自宅で看取りたいと思う時忘れてはいけないこと

家族を自宅で看取りたいと思う時忘れてはいけないこと

「自宅で家族に囲まれて最後の時を迎えたい」と誰だって思ってる。それが叶うといいけれど、その時に最大気を付けないといけないことがあることは、あまり知られてないかも。

それは、死亡の診断を医師がしないといけないこと。そうでないと警察が来てしまうこと。

我が家の場合、母親はお風呂の中で突然命が途切れた。もちろん救急車を呼んだけど、ここでまず愕然とすることになる。「死んだ人は乗せられない」と言われたの

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「死」を間近で見たからこそ「生」を感じることが増えた

「死」を間近で見たからこそ「生」を感じることが増えた

生と死はほんの紙一重なこと、当たり前だけど実感はない人がほとんどかと。心臓が動いている間は生きているし、死んだら止まる。それがどれだけ偉大なことかそう深くは考えてないと思う。少なくとも28歳までの私はそうだった。母の死を経験するまでは。

私は、横たわる母親を眺めながら、幾度となく考えた。生きることと死んだことの間には、いったい何があるのか。さっきまで生きていた母親が死んだという事実を受け入れられ

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父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか

父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか

先日、たまたまトモコさん(父の彼女)の家の近くに行ったので、特段用はないけど立ち寄ってみた。他人から見ると、ちょっとヘンなのかなぁ。でもトモコさんとはなぜか気が合う、えせ親子のような友だちのような。そんなトモコさんとの経緯をちょっと振り返ってみた。

父が婚活していると知ったときは驚いた。だって当時父は68歳。母親が亡くなって5年が過ぎていた。

ここでよくあるのが、父親に対して子どもが「もう歳な

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父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか つづき

父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか つづき

父の彼女トモコさんはサバサバした人だった。ずっと共働きで働いていて、息子が一人いた。夫を突然死で亡くしてしばらく泣き暮らしていたけれど、年齢が早期退職年の55歳になったことで、新しい人生を始めたいと会社を辞めて婚活していたのだそう。

この間まで働いていたビジネスウーマンだけあって、専業主婦の母親とは違い経済の話題に明るかったのも、私とウマが合ったところ。

専業主婦花盛りの時代にあって、ずっと働

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父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか つづき2

父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか つづき2

母が亡くなって、父は軽いパニック障害になっていた。ほんの時々だけれども、発作が起きることがあった。これは不安症とも言って精神的な病気。メンタルヘルスの勉強をしたこともある私は、人間のストレスの最大の原因が「配偶者の死」だということを知っている。いつも明るく気丈にふるまっている父だけれども、母の死というのは、私の想像を超えたストレスだったんだろうと思う。その関連かどうかはわからないけれど、めまいが少

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父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか つづきの最後

父の遺産を全部もらった彼女は鬼ババなのか つづきの最後

父親からの電話はこうだ。
新しい家は、もし自分が亡くなったらトモコさんにあげてやってくれというもの。少し声が上ずってる気がした。勇気を振り絞って話している感じ。いやいや、もちろんだよ、どーぞどーぞと、私は答えた。いやだって、これだけ色々お世話してもらっていて、有難くて、それくらいの価値はあるし、父親の申し出はごもっともだと心から思った。

子どもの頃から常に両親に言われていたことがある。「お父さん

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