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HAKURYU-DRY CHALLENGE 2019

"Bottling the VINEYARD = 葡萄畑をそのまま瓶詰めする"をコンセプトにしたワインづくり。エチケットデザインの続きとして、収穫した葡萄を自然乾燥させ、それで赤湯らしいワインをつくる取組について書きました。
https://note.com/ochiaiu/n/n96e4bf3c7820

その翌年2019年の活動についてのまとめです。EXPERIMENT2018 の次は CHALLENGE2019 です。・・・また長いっス。ワインでも飲みながらどうぞ。


HAKURYU-DRY CHALLENGE 2019


vol.1 ‘エクスペリメント’の余韻

2019年8月の下旬。
市民運動会後の地区の反省会に持っていこうと目当てのワインを買いに来た竹田は愕然とした。
‘赤湯版アマローネ’ともいうべき「白竜ドライマスカットベーリーA2018」は既に完売してしまっていたのだ。


「あら竹田さん!実はもう売り切れちゃったんです…ごめんなさいね」

「実験 = experiment 」の位置づけで生産本数も限られていたとはいえ、発売してからまだ2か月。あまりにも早く訪れた完売御礼にメンバーの誰もが驚いた。

もちろん嬉しい気持ち。
ただ、ここぞ!というタイミング(地区役員の竹田にとっては運動会の反省会がその一つだった。)で使おうという思惑もまた風にのって大空へと消えていった。

葡萄を栽培した大沼 延男も醸造を担当した須藤 孝一も「え?もう?」と驚いた。
「結城さんって、あの人、ホントに売るんだね」

制作担当は「販売苦戦」を前提(?)として販促用チラシづくりに着手していた。撮りためていた写真を整理し、使えそうな写真の選定、経過のドキュメント化…「え?もう?あー、わかりました。・・・ホントに完売ですか?・・・あ、ホントですか。」

運動会から2日後の2019年8月27日、instagram上でひとつのドキュメンタリー記事の連載がスタートした。

その名は「’白竜ドライ’エクスペリメント」、全8回にわたってワインづくりの舞台裏(* おじさんたちの自由研究とそれを褒めて支える仲間たちのドラマ)がWEB上を駆け巡った。

・・・・
9月に入り大粒系品種の出荷も近づくころ、事務局員の落合は意気揚々と大沼を訪ねた。

「’白竜ドライ’エクスペリメント」の連載について伝えれば、「おもしぇえごどしったな!さすがだ!」と言われるに違いない!きっと喜ぶぞ!
. . . その確信もまた風にのって大空に消えていくとも知らずに。

落合「延男さん!インスタでよ、インスタグラムっつうなでよ」
大沼「なにすた?いんすた?…インスタグラム?うぢでとってねぇもなぁ…」

インスタグラムを雑誌か何かだと思い込んでいる様子だったこと自体が妙に面白くなってしまった落合は「いや、何でもない。ところでよ…」と早々に話を切り上げ、後日小冊子にしたものを届けることにした。

ノーブオ文学賞(the NOBUO Prize in Literature)への道のりは長く険しいなぁ…十分一山の急峻な斜面を横切る一段道路を軽自動車がくねくねと戻っていく。

今日はこれから総括プロデューサーの結城と打合せをすることになっている。


vol.2 ユメはヨルひらく

「今年はどんな風にやってぐが、そろそろ準備始めんなねなぁと思ってる」

赤湯版アマローネともいうべき干し葡萄ワイン。
生産本数をどうするか、どこでどのように乾燥させるか、付加価値としてどんなストーリーを盛り込むか、それが地域にどんな影響をもたらすか . . . 結城と落合の打合せはとにかく時間がかかる。

互いのアイディアや思いつきを否定せずに受入れ、思う存分夢と妄想を膨らませる。現実的・物理的にできるかどうか分からないことがあっても、「細かいことは明日電話して聞いてみよう… 仮に’できる’とした場合は・・・」といった様子。

その場で確認しない理由は、’こんな夜遅くに人様に電話をかけるのは常識的にはばかられる’ということだが、発想に制限をかけないこと・想いを率直にぶつけ合うことを通して彼らはプロジェクトを進めてきた。

2時間半の打合せの末、「白竜ドライチャレンジ2019」として3つの方針を導き出した。
・本格生産として本数を増やす。
・スカイパークで自然乾燥させる。
・プロジェクト支援を募集する。
・・・・

例によってその翌日、落合は南陽スカイパークの管理人 パラグライダースクールの金井に電話をかけた。

落合「もしもし、落合でしたー。十分一山の葡萄を自然乾燥させてよっす、ワイン造るんですが、葡萄を乾す場所としてスカイパークでさせでもらわんにぇべが…っつうごどでご相談しっちぇくてよっす…」

金井は望年会(※白竜ドライエクスペリメントvol.8を参照)にもゲストとして参加していたこともあり、プロジェクトのよき理解者であった。

話はとんとん拍子、一晩の妄想話は人々の共感を引き寄せながら、あっという間にリアルな実施計画に姿を変えていく。

金井「%&#‘¥(・・風の音・・)“&$!#・葡萄とスカイスポーツ、分野は違うけれど、十分一山も白竜湖も風も共通の地域資源。お互いにとっていい取組になるようにしたいね。あ、一応なん・・%&#市役‘¥(風の音)“&$許可申!#・」

落合「え?なに?よく聞こえない...風の音すごいっすねぇ。あ、山の上でしたか?んじゃまず、そういうことでよろしくです」

金井「%&#‘¥(・・風の音・・)“&$!#・・はーい、んじゃよろし・%&#‘¥(・・風の音・・)“&$!#」

赤湯十分一山の山頂、南陽スカイパーク。白竜湖から立ち昇り葡萄畑を駆けめぐる風をつかまえて、今日もフライヤーたちは優雅に大空を闊歩していた。


vol.3 風のいたずら

準備作業は着々と進んでいった。
生産者の大沼はひたすらに葡萄に向き合い、結城は支援募集のフレームワークを組み立てた。

竹田と落合は前年の検証実験(自由研究)での経験を踏まえ葡萄を格納する乾燥棚について検討を重ねた。

乾燥棚(後に「スカイラック」と名がつくことになる)は、当初段階では角材を重ねていくようなイメージでスタートしたが、資材の運搬や設置作業、汎用性・通気性等の面から何度も修正を重ね、単管パイプをクランプで組み上げていくことになった。
葡萄を収納する三段の棚面には、基礎工事などに使われる筋交いメッシュを敷き、その上に亀甲金網を重ねる。
ホームセンターではなんでも揃う。ワンストップで応えてくれる懐の深さには感動である。

広告紙をまるめて筒をつくり、切り分けたパーツをセロハンテープでくっつける。
こうしてできあがったスカイラック1/10模型を引っ提げ、スカイパークの金井のもとを訪れた落合。彼はここでようやくあることに気がつく。

金井「ところで市役所に許可申請出した?」

落合「え?あー、あ、いや出してないです。市役所?あ、公共施設ですもんね. . .」

市役所にもお願いに行かないといけないが、プロデューサーの結城は首都圏での物産展や商談会が重なり、長期不在が続いている。
内容がわかるものが必要となるだろうが、今あるのは夜な夜な書き殴ったメモ用紙のみ。

♪...はぁ、企画書ねぇ、図面もねぇ、写真もそれほど残してねぇ。
予算書ねぇ、作ってねぇ。親方あちこちぐ~るぐる・・・

※抜粋「俺ら申請さ行ぐだ」(竹田と落合が十分一山の山頂で作詞したもの。こうして日の目を見ることができてよかったのだが、そんなことをしている暇があったら...と思わないでもない。 )

市役所への申請は結城が戻ってから行くことにして、資料を整える作業は一旦おいておくことにした。というよりも、ちょっとそれどころではない。
西から大切なお客さまがくるのだ。

9月の下旬、彼女は宣言どおり再び赤湯にやってきた。
新聞記者 高橋 直子。

現場を駆けまわり事実をとらえ、ボキャブラリーを駆使してスピーディーに記事を書き上げる。
そうした蓄積の中から本質を見極め、論説として世の中の真理をありありと書き出していく. . . そんな目まぐるしく慌ただしい日々を過ごす中にあっても、ひとりの新聞記者として、川上善兵衛の生誕150周年 特集記事の執筆者として、この仕事だけはどうしてもやらなければならない。

「行くならこの日しかない!」という高橋の気概は、ひとりの雨男が長年悩み続けたジンクスまで見事に吹き飛ばしてしまった。

半年ぶり2度目の赤湯は清々しい秋晴れに恵まれ、絶好の取材日和となった。


vol.4 置き去りカバン

紫金園4代目の須藤 孝一はこの日も草刈りをしながら高橋の到着を待っていた。
須藤にとってはこれが特別なお客様を迎える日のルーティーン。
除草剤を使わないことがその根本であるのだが、ひょっとしてこれは来客前に家の中で掃除機をかけているような感覚に近いのではないか。こう見えて(?)なかなか繊細で律儀な男だ。
サイクロン掃除機のダイソンが仮払い機を開発する日がきたら、真っ先にプレゼントしてあげたい。

取材の中心は紫金園の最高樹齢マスカットベーリーAの古木について。

高橋の取材はインタビューというようなかしこまった雰囲気ではない。
須藤と竹田との世間話?昔話?雑談?に「うんうん」とうなずきながら、時折「へぇ、それでどうなったんですか」と合いの手をいれる高橋。
ゆったりとして和やかな会話の時間が流れていた。

ペンをカメラに持ち替えた高橋はシャッターを切る。

この古木. . . 実はなかなか写真をとるのが難しい。重厚な幹の存在感にとらわれすぎると全景が分からない。枝は四方八方に長く広範囲に伸びているため、離れて全景をおさめようとすると幹のインパクトが映えない。

新聞記者の撮影テクニックをちゃっかり盗もうと落合は高橋の背後を歩き回って撮影をしてみたが. . . 10分経ち、15分経ち. . . 学ぶべきはこだわる姿勢なのだと悟って諦めた。

須藤と竹田は撮影に没頭する高橋をしばらく眺めていた。
須藤「わざわざ新潟がらよ、この木ぃ見さ来てもらわれるあんてナぁ。」
竹田「. . .んだな。やっぱり大事にしてがんなねごで。」

地域資源の輝きに地元の人たちはなかなか気がつかない。
外から来た誰かが感動する姿をみてハッとする。
「赤湯にはまだまだやれることがある」. . . 偉大な古木はそんな象徴なのかもしれない。

ところで、髙橋の没頭ぶりは周囲を驚かせた。
すっかり時間を持て余した落合は「置き去りにされたカバンと新聞記者と古木さんきゅうはづ」という構図なんてどうだろうとカメラ遊びに勤しんでいた。
この写真をみた竹田が「まさか本当にカバンのこと忘れったんでねぇべねぇ?笑」などと話していたところ、そこに「いやー、みなさん。たいへんお待たせしましたー」と戻ってきた高橋は見事に手ぶらだった。笑

落合「. . . (もぐもぐ). . . ホントは昼飯くらいはゆっくりと. . . とも思ったんですが、すみません、食べ終わったら次はあっち行って. . . (もぐもぐ). . .」
髙橋「...(もぐもぐ)...あ、平気、平気。取材のときはね、ランチの時間がない!なんていうこともよくあるし、大丈夫ですよ、ほら記者ってみんな食べるの早いから. . . (もぐもぐ). . .」

紫金園での取材後も落合は高橋をあちこち連れまわした。
彼女に見せたいもの、話したいことがたくさんあった。

・・・・
帰りのバスに揺られながら高橋はそっと目を閉じ、葡萄が風に揺られて乾いていく様子を思い浮かべていた。
少年のような瞳をした’おじさん’の企画書なきプレゼンテーション、高橋にはそれで十分だった。


vol.5 期待の大型ルーキー

スカイパークで葡萄を自然乾燥することについて許可を得るため、結城は市役所に向かった。
同席した落合は交渉の切り札「’新聞が書く’と言っている」を忍ばせていた。新潟日報の高橋記者からの伝言( = 応援メッセージ)である。

産地のブランド化や産業間連携による地域の活性化 . . . 壮大な夢を語る結城だったが、応対した課長補佐の吉田はうなずきもせず、じっと企画書を見つめていた。
落合はドキドキしながら切り札を出すタイミングを見計らっている。

吉田「話は分かった。だが、これまでやったことがないからね . . . 」

すかさず結城が目で「切り札発令」の合図を出す. . . だが、それと同時に動いたのは吉田の方だった。彼は急に身をかがめ囁くような声でこう続けた。

吉田「手続きの方法については条例にも照らし、条件を整理してから案内する。課内の調整は俺の方でしておくから、まずはスケジュールどおり作業が進められるよう頑張って。ひとりの市民として、成功を祈る。」

・・・・
これですべての条件が整った。
ややフライング気味ではあったが必要な資材の手配も完了。大沼のさんきゅうはづの生育も順調。
支援の募集シートも完成、原価計算の末. . . 結局最後は洒落にこだわって一口3986円とした。

10/29の夜、スカイパークのログハウス デッキ下に葡萄乾燥棚(通称:スカイラック)が完成した。
この設営には、元土建業でかつては自身も葡萄農家であったという宮崎のヨッちゃんが尽力してくれた。思いのほか頑丈にできあがったスカイラック。
広告紙でつくったヘニャヘニャの模型からは想像できない頼もしさがあった。


10/31にはプロジェクト支援募集について公開し、結城酒店にて支援金の受付がスタート。
一口3986円のプロジェクト支援に対し、大沼 延男のマスカットベーリーAで醸造されたワイン2本を還元する内容。
すでにリリースされているワイン、これから瓶詰めするワイン、これからつくる(というかまだ葡萄が畑になっている)ワイン. . .  6銘柄を提示しその中から支援者自身に選んでもらうことにした。

そこから1週間後の11/6、満を持してマスカットベーリーA約500kgが運び込まれ、一房一房スカイラックに収納された。
葡萄一房の大きさから試算して360㎏を想定していたが、それをはるかに超える量を結城は運び込んだ。

作業の様子を見にきたスカイパークの管理人 金井は、「こんなに入んねぇよっ!」と嘆く研究員の姿を一枚の写真におさめたが、どういうわけか、葡萄は余すところなくちゃんと収まった。

十分な安定感、豊富な収能力、抜群の通気性。
三拍子そろった大型ルーキー スカイラックは鮮烈なデビューを飾った。
しかし、彼の長く地味な道のりはまだ始まったばかりだった。


vol.6 話せば分かる、きっと

スカイラックでの自然乾燥では、無作為にサンプルを採取し果汁糖度を定期計測する。
重量の変化についても観察するため、前年の自由研究でも使用したネット(エクスペリメントvol.3参照、「くきたちだの、ひょうだのを乾す」ときに使う’アレ’)に10.0kg(風袋込み)の葡萄を収納し乾燥させることにした。

糖度計測値の上昇、停滞、そして下降 . . . 研究員の一喜一憂の日々がはじまった。
そして、この研究員の精神不安定よりも心配なことがあった。周辺の山々に生息する野生動物の存在である。

竹田はかつて自身の葡萄畑で使っていたネットを持ってきてスカイラックをと覆うことにした。通気性という点では若干の影響はあるだろうが、食い荒らされてしまってはどうしようもない。

苦肉の策だった。

しかし、これでも十分とは言い難い。クマやイノシシ、彼らのパワーをもってすればネットを突き破ることなど容易いことだろう。

翌日、一枚の文書がスカイラックに吊り下げられた。
「スカイラックに収納したマスカットベーリーAの保全について(依頼)」というお堅いタイトル。総括プロデューサーの結城から ’十分一山周辺に生息する野生動物の皆様’ に宛てたものである。

要約するとこんな内容だ。
・芳醇な葡萄香で申し訳ないが、この葡萄を食べないでほしい。このスカイラックも壊さないでほしい。
・本来、緩衝帯となるべき里山の農地は耕作放棄が加速しており申し訳ない。人間は経済動物という特性に着目してその再生を図る取組でもある。
・互いの共存のため、特段の御理解・御協力を願う。

スカイパークの金井はこういう’遊び心’が好きで、十分一山を訪れるみなさんにも取組の真意を伝えてくれていた。
実はプロジェクト支援募集の最初の申込者は、和歌山県に在住のフライヤーさんであった。

・・・・
研究員の落合は「昼休み60分チャレンジ」として糖度計測を続けた。
妻に頼んで毎日おにぎりを3つ用意してもらい、移動時間も含めてぴったり1時間で対応できる方法を確立していった。

そんなある日。
「もしもし、十分一山に来ていますが緊急事態です。すみません、戻りは1時を過ぎます。」

観光のお客様が道の途中で脱輪しているではないか。研究員は「大丈夫ですかー?」と駆け付けた。ほどなくしてJAF(※お客さんが自分で手配した)が到着。車に若干のキズはついたが、けがもなく大事には至らなかった。

「ありがとうございました。お名前だけでも. . .」
「いえいえ、名乗るほどのものではありません。」

一度言ってみたかったこのセリフ、彼は夢を叶えた。実際に助けたのはJAFのおじさんで、自分はただ見ていただけなのだが(笑)。

それでも晴れ晴れとした気持ちはこの上なく高ぶり、’名もなき英雄’ は揚々として糖度計測に臨むのであった。 . . . まぁ、残念ながらこの日も「一憂」に陥ってしまうのだが。

ノンフィクションというのはいつだってこういうものである。


vol.7 山とスカイラックと私

糖度計測値の上がり下がりに喜んだり悲しんだりしながら、それでも自然乾燥は着実に進んでいた。

この時期にしてはとても暖かい日だった。
「12時17分 引渡しはスカイラックで。」の連絡を受け、首をながくして待っていた竹田。3つめのおにぎりを頬張ったまま落合はニヤニヤしながら近づいてきた。

落合「竹田先生、これです」
竹田「おお!こ、これが . . . 」

令和元年11/12付けの新潟日報おとなプラス。
新聞記者 高橋の信念は3面にわたる大型の特集記事となって「古木’さんきゅうはづ’」の存在を世に知らしめた。

”善兵衛の情熱 古木に息づく”、
”信頼と技術で産地再興”、
”伝統の畑「最古級」鎮座”、
”生産者の誇り 瓶に込め”、
”土地の魅力、奥深さ凝縮”

. . . その見出しをなぞっただけで竹田の心は激しく揺さぶられた。

・・・・
日を追うごとに気温は下がり11/20には初雪が舞った。
スカイラックに設置した温度湿度計には最高・最低をメモリーする機能が搭載されており、最低気温が氷点下となる日もでてきた。

紫金園の古木さんきゅうはづもようやく収穫を終え(「とる暇ねくてよぉ(須藤 孝一 談)」)、主役のいなくなった葡萄畑を静寂が包む。十分一山の斜面を覆っていたビニールは次々に剥がされ、ゴツゴツとした岩肌に畑の骨格が浮かび上がっていた。粗剪定の音が時々響いては無機質な空間に消えていく。

今年もいよいよ冬の訪れである。

「葡萄を引き上げるの、いつにしようか」
結城の問いかけを避けるように落合は ’引き延ばし’ に執着していた。
週間天気を調べては、中でも自分に最も都合のよい予報(降雪量が少ないもの)を選んで結城に手渡していた。

「まだ、雪は積もらない。まだ、大丈夫」
糖度の計測値にはまだ伸びしろがある!という信念と行き場のない焦燥感。ただ、それにも増してスカイパークで過ごす時間そのものが彼にとっては楽しかった。「何やってるんですかー?あ、葡萄ですね!面白いことやってますね!」フライヤーのみなさんからの声掛けが嬉しかった。

竹田はスカイパークに向かった。
ログハウスのデッキに積もった雪を片付けた後、元校長先生は「成長には’節目’が必要なのだ」とそっと諭した。

こうして卒業式へのカウントダウンがはじまった。


vol.8 今日も風が吹いている

卒業式(葡萄の引上げ作業)は、12/15に決定した。
十分一山の畑で栽培者の愛情を受けながらすくすくと育ち、スカイラックへの格納(入学)後は吹き荒ぶ冷たい風と研究員のプレッシャーに耐えながら、彼らは39日間にわたってひたすらに己の糖度を研ぎ澄ましてきた。

糖度計測値は12/10に記録した25.8 brix%が最高値であった。
サンプルは無作為に採取しているため変動はあるものの、週単位での平均値を並べていくと20.5、20.9、20.8、22.7、23.7. . . と少しずつだが確実に上がってきていることが分かる。
また、引上げの2日前に実施したラック別のサンプリング(ラックの北側と南側、上段・中段・下段とで差があるのかの検証)でも有意差はなかった。

「一人の落ちこぼれもなく、全員が無事にここを卒業できます」
担任はそんな確信をもって、校長先生(総括プロデューサー)に計測データを手渡した。

12/15 ついに迎えた卒業式の当日。
ピーンと張りつめた空気(※ちなみに気温1.6℃)と緊張感(※粒こぼれに注意)に包まれ、葡萄は一房一房コンテナに入れられ山を下りていく。

葡萄がつぶれないよう、重ねないで薄く薄く. . . その結果としてコンテナが足りず、急遽栽培者の大沼からコンテナを集めてきたりするなどして、結局、結城はこの日だけで山を6往復することになった。

「大沼さんから受けたバトン、今度は須藤さんに渡します。よろしくお願いします」. . . 醸造家は深くうなずいた。

・・・・
年明けの山形新聞はこのチャレンジの一部始終を報じた。
これをきっかけにプロジェクト支援の募集はさらに伸び、目標達成率は140%を超えるものとなった。地域の宝・誇りを守りたい. . . 結城のメッセージは共感を引き寄せ、少しずつ地域が変わり始めていた。

だが、時を同じくして新種のウイルスが猛威を奮い、人の生き方や世の中の在り様まで変えてしまう。準備をすすめてきた勉強会「善152 - 3.9 Akayu Pride -」もあえなく中止を余儀なくされた。

下を向く事務局員に対して総括プロデューサーの結城は淡々と語る。
「醸造中のワインはすべて予定どおりにリリースする。自分から足を止めてはいけない。」
立ちはだかる閉塞感に真正面から向き合い、それでもなお毅然として未来を見据える経営者の姿があった。

・・・・
6月8日9時3分、いよいよリリースを迎えた彼らは次々と酒屋の店頭を巣立っていった。今頃どんな人に出会い、どんな料理とマリアージュし、どんなひとときを演出しているだろうか。きっと賑やかで和やかで楽しい食卓に御一緒させてもらっていることだろう。

「山形の赤湯でね、おもしろいことしててさ. . . 」
誰かのそんな会話に立ち会えたときは、ぜひ’風の便り’として教えてほしい。栽培者も醸造家もフライヤーさんも、じっと我慢して見守ってくれていた野生動物たちも、みんなきっと喜ぶだろうから。

赤湯十分一山 スカイパーク。
チャレンジの舞台には今日も風が吹いている。

HAKURYU-DRY CHALLENGE 2019(完)


あとがきに代えて

HAKURYU-DRY CHALLENGE 2019 をご覧いただき、ありがとうございました。EXPERIMENT2018から続くもので、現場のドタバタ劇をまとめてみたところです。

それで、'Ochi-Covolet' MASCUT BAILEY-A 2019 / HakuryuDryChallenge2019 Extra Edition の経過がはいっていなかったので補足しておきましょう。

スカイラックに1房ずつ丁寧に葡萄を収納していく過程で、どうしても"粒こぼれ"してしまう部分(果粒)がありました。
集めてみたら10kgほどです。

「延ちゃん(*葡萄栽培者の大沼 延男さん)が大事に育てた葡萄だがらよ、コレもコレでちゃんとワインにしてもらうべ。」と元教員の男 竹田耕平さんが醸造家の元へ届けに行くことになったのがきっかけでした。

こうして醸造されたたった7本ワインについて、醸造元の須藤ぶどう酒では、''白竜ドライ'に準えて'脱粒ドライ'の仮称がつけられておりました。スカイラックでのエピソードなどを思い返し、"落ちこぼれ"のレッテルを貼ってリリースを迎えることになったのです。

前にもでも書きましたが、"落ちこぼれ"のレッテルを突き破るポテンシャルと力強さこそが核であり、栽培者への敬意・葡萄への愛情が制作の原動力となりました。

十分一山のスカイパークで葡萄を自然乾燥させ、それでワインを作る取組は後年度にも続いていくことになります。葡萄畑のドラマでワインの味わいにすこし奥行きが出たら幸いです。

やっぱり畑だと思う。ご愛読ありがとうございました。

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