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HAKURYU-DRY EXPERIMENT 2018

"Bottling the VINEYARD = 葡萄畑をそのまま瓶詰めする"をコンセプトにしたワインづくり。これまでにリリースしてきたエチケットのデザインについて御紹介してきました。
https://note.com/ochiaiu/n/n3772762c18d6

ONE-TENTH 2836-83 VINEYARD / 'HAKURYU-DRY' MASCUT BAILEY-A」の経過については"話すと長くなる"ので省略していたのですが、今回はその昔話です。・・・長いっス。

※ちなみに「'Ochi-Covolet' MASCUT BAILEY-A 2019 / HakuryuDryChallenge2019 Extra Edition」にも関連します。


HAKURYU-DRY EXPERIMENT 2018


vol.1 ハテナの輪郭

「アマローネ って知ってる?ああいうのやりたいと思ってる!」
2018年の夏。プロジェクト2年目のチャレンジについて、統括プロデューサー 結城秀人が口火を切った。

アマローネは、イタリアのヴェネト州ヴェローナ地区で、陰干ししたぶどうを発酵させる伝統技法で生産されるワイン。
妖艶な香り、ビロードのような質感とボリューム、チョコレートを思わせる苦味とが渾然一体となった、イタリアでも最高峰のワイン(※ Enoteca online より抜粋)なのだとか。

プロジェクトメンバー、ぽかーん゜д゜

ん?なに?あろまーね?違う?まねろーね?
あねろーま?ローマな、イタリアだもな。でも娘は東京さ住んでだっ!
と葡萄生産者 大沼延男。

???

アマローネはともかく置いといて(よく分からないので笑)、「要するに、 干し葡萄でワインを造るってことね!」ということで一旦着地。

大きなクエスチョンはその輪郭を残したままながらも、
干した葡萄で醸造したらどんなワインになるだろう?
普通に仕込んだものとどんな違いがあるのだろう?
そもそも造れるのか?. . . なんか おもしろそう。
旺盛な好奇心だけを糧にチャレンジがスタートしたのでした。


vol.2 空を仰げば

「んじゃあ、どこでどうやって干す?」
材木屋さんの乾燥機を借りようか?
ドライフルーツを造る機械はどうか?
大沼さんの作業小屋を改装する?
大型扇風機っていくらするんでしょうね?
でも 大掛かりなのって大丈夫か?
それって 毎年やっていけるのか?

検討に検討を重ねるも妙案には至らず、刻々と50 日(うち 47 日は実質的には思考停止だった)ほどが経過した。マスカットベーリーAは成熟を迎えつつあり、収穫予定日が迫っている。

. . . おもしろそうだなとは思ったけど、現実的に考えるとやっぱり無理か。
事務局員の竹田は途方にくれ空を仰いだ。

清々しい秋晴れの天空には人が飛んでいる。ここ赤湯十分一山は世界選手権も開催されたスカイスポーツの拠点、この日もパラグライダーが優雅に空を舞っていた。

. . . 

あっ!

直感だった。

飛んでいる、人間が空を飛んでいる。

そう、風だ、白竜湖から十分一山の斜面を駆け上がる上昇気流だ。

竹田はすぐに畑に戻り、あたりを歩きまわった。
人差し指をペロリと舐めて、ひたすら風の通り道を探し続けた。

あくる日、竹田はまた畑にきた。
ブルーのネット、メモ帳、糖度計、はさみ、ウェットティッシュとボックスティッシュ、ミネラルウォーター、S字フック、マイカ線、落合事務局員(記録担当)。

一晩のシミュレーションを踏まえた、過不足のない必要最小限の装備品である。

「落合くん、今日からここで実験をしよう!」
竹田の瞳は少年のようだった。


vol.3 くきたちだの、ひょうだの

竹田が考えた実験の概要はこうだ。

step1
実際に醸造に使うぶどうとは別にサンプルを採取し、自然乾燥によってどんな変化があるかを確かめる。

step2
自然乾燥はぶどう畑の雨よけテントにおいて、白竜湖からの風にあてながら陰干しする。

step3
糖度がどのように変化するのかを定期計測し、腐敗・異臭などの発生がないかを観察する。

(注)少年の心をもったおじさんたちの 自由研究 です。厳密性や精度についてはあまり深く考えずに、おおらかな気持ちで見守っていただければ幸
いです。

実験用のネットは3段構造になっていた。
くきたちだの、ひょう(※スベリヒユ) だのを乾すときに使うものである。

色づき・粒揃いが良好なものをAランク。
色づき・粒揃いが疎らなものをBランク。
一部に腐食した粒があるものをCランク。
それぞれ5~6房程度をサンプルとして採取した。

Aは房の上方から1粒・下方から1粒をとって糖度測定することとし、Bは、黒粒より1粒、赤粒より1粒を計測標本とすることにした。
Cについては腐食果の変化を観察することとし、糖度計測の対象からは除外している。

Aランク(10/18)
*平均糖度 20.89 標準偏差 0.327 標本 10
Bランク(10/18)
*平均糖度 18.74 標準偏差 2.349 標本 11

A・B・Cのサンプルはネットの上段・中段・下段にそれぞれセットされ、マイカ線でぶどう棚に括りつけられた。
雨よけテント内ではあるが日当たりは良好、白竜湖からの風が絶えず通り抜けていく。なんとも心地よい。

さわやかな秋晴れに包まれ、ついに実験はスタートした。


vol.4 航海のはじまりに

実験6日目の計測値
Aランク(10/23)
*平均糖度 22.52 標準偏差 0.914 標本 10
Bランク(10/23)
*平均糖度 19.11 標準偏差 2.224 標本 10

葡萄の腐敗もなく乾燥は順調で、平均糖度はA・Bともに上昇!

どうしても粒ごとに個体差があるため、糖度の高低については計測標本の取り方次第であることは否めない。
ただ、こうして計測値を俯瞰してみると、「色づき・粒揃いが良好な房ほど糖度のばらつきは小さい」そんな傾向が読み取れるんじゃないか。

妄想の上に空想を積み重ねながら、竹田と落合はどんどん自由研究に没頭していった。
(注)あくまでも少年の心をもったおじさんたちの 自由研究 です。厳密性はあまり追求せずに、おおらかな気持ちで見守ってください。


10月 26 日、この日も晴れ。
ついに大沼延男のマスカットベーリーAの収穫日を迎えた。

実験もスタートしたばかりで未だ何の結論にも至ってはいないものの、収穫したマスカットベーリーAのうち、120kgを選抜し”白竜ドライ”として乾燥させることになった。

何粒かとって糖度測定してみる。
23.2、21.0、22.6、22.4 . . . もったいないのでここまで。

計測したものはそのままペロッと食べるのだが、これがおいしい。
完熟し凝縮された果実感。ほどよい酸のおかげか、糖度は確かに高いがベタベタした甘さではない。実においしい。

大沼のマスカットベーリーAは生食出荷が主であり、醸造用に供されるのはその一部、納得である。

実験籠のすぐ後ろに梯子と杭とコンテナで棚を組んだ。
ここにぶどうを収納したコンテナを並べていく。大沼延男(※布袋ではない)が白い龍を背負ったロゴの「白竜ドライ 実験中」の表示をここに括りつけた。

ぴらぴらぴらぴら と布袋は絶えず風になびいている。
未知のチャレンジ、その船出を誰かが旗を振って応援してくれているようにも思われた。


vol.5 つはものども

実際に醸造に用いるぶどうは、2~3日おきにコンテナの上下を入れ替えて、まんべんなく乾燥が進むことを願った。
腐食果がないかを観察し、見つかればそれを取り除く作業が繰り返された。

収穫を終え、主役のいなくなったぶどう畑は次第に色彩のトーンを落とし、吹き抜けていく風は日に日に冷たくなっている。

伸びては刈り、伸びては刈り
刈られては伸び、刈られては伸び
除草剤を使わず、打席では常にフルスイングの大沼に、これまた常に直球で真っ向勝負を挑んできた雑草たち。
園主との名勝負を繰り広げてきた彼らもまた今シーズンの活動は終了といった感じ。

枯草や つはものどもが ゆめのあと

※雑草とは言いながらも、深緑の絨毯と漆黒の葡萄との鮮やかなコントラストは美しかった。広報資料の制作でもこの緑には「白抜きの文字」が映え、写真素材としても大変使い勝手がよい。
記録担当はひそかに彼らを畑の名脇役だと思っている。

ゴツゴツとした岩肌、傾斜に沿って斜めに打ち付けられた杭、張り巡らされたワイヤー 畑の骨格が浮かび上がってくる。
パツンっ、パツンっという粗剪定の音が時折聞こえては無機質な空間にすっと消えていく。冬の訪れは近い。

ところで畑には相変わらず賑やかな場所が残っている。
そう、自由研究の実験籠だ。

実験24日目の計測値
Aランク(11/10)
*平均糖度 24.32 標準偏差 0.627 標本 5

計測するたびに糖度の上昇が確認できる、しかも腐食はない。
このころになると装備品に電卓が加わっていた。一粒一粒の糖度は個体差があるため「平均値として上がっているのか」に研究員たちは注目していた。

落「次のが20.6 以上なら前回よりアップ!」
竹「20.6 か、わかった。頼む、出てくれ!」
...
計測中

竹「えーと、んー、やったぞ23.2 !」
落「おーっ!!すぐ平均出します」

好奇心に溢れ、少年のような眼で語りかけてくる研究員たち。
大沼は研究員たちに言わなければいけないことがあったが、無垢な眼差しに阻まれ、なかなかそれを言い出せずにいた。


vol.6 悟りし男

大沼は意を決して、ついに口を開いた。
「そろそろよ、ビニールはがしたいんだけど」

冬が来る、今年もついに雪が降るのだ。
雨よけのビニールを剥がし降雪への備えをしなければならない。

大沼は醸造用の白竜ドライと実験籠を収納する部分だけはビニールを張ったまま残してくれていた。
「いや、ここだけならすぐに剥がせっから、まだ残してていいんだ。ただ、いつぐらいまで続けるか、そのあたりだけ確認しておぎっちぇくてよ」

研究員たちは大沼が悶々としていただろうことを詫び、すぐに総括プロデューサーの結城と醸造ディレクターの須藤を交え、スケジュールのすり合わせとなった。

ワイン原料のマスカットベーリーAは約1か月間の白竜ドライを経て破砕された。
重量は腐敗部分を取り除いたもあるが約25%減少。
結城曰く セミドライ の干し葡萄といった状態で、破砕後の果汁糖度の計測値は 25.58 に達していた。

無補糖・無濾過・無添加、アルコール度16%の逸品は、この半年後にリリースされ、わずか2か月余りで完売を迎えることになる。

誰もそうは考えていなかったが。

改めて空っぽになった師走の葡萄畑。
パツンっ、パツンっ大沼の剪定作業は黙々と続いている。
12 月になってもなお毎日畑に通う大沼延男の姿をみて「延ちゃんは(いい意味で)人が変わった」と須藤はいう。

ぶどう栽培45 年目にして初めて自分の葡萄だけでワインが造られた。
エチケットには自らの姿が映され完売となった。
「おいしかったよ! 」、「 すごくいい香りだった!」
飲み手の反応に直に触れることができた。新鮮だった。

誰がために 我は葡萄を つくらんや
悟りし男 師走の園に

ここに誰かたずねて来るものがいる。
竹田である。

少年のような眼は健在、それもそう実験は続いているのだ。
実験籠の移設先は十分一山の山頂、スカイパーク。
ログハウスのデッキ下にぶら下がって、冷たく乾いた風に吹かれている。
この冷涼な気流が功を奏してか、ぶどうに腐食は発生していない(一部腐敗した粒もカラカラに乾いて蔓延しなかったようだ)。
セミドライがもう少し進んだ、食感的にはグミのような状態、糖度はなおも上昇を続けている。

大沼にとって実験の進捗報告は嬉しかった。
目の前の剪定作業は孤独で地味な作業ではあるものの、まるで最先端の研究に参画しているかのような思いに駆られていた。

それから数日して、落合も大沼の畑にやってきて「望年会」の案内状を置いていった。この話にはもう少し続きがある。


vol.7 内緒の企て

「一年間のチャレンジで得られた重要な成果を共有し、赤湯葡萄のさらなる発展を祈念して、慰労を兼ねた望年会を下記のとおり開催いたします。」

大沼はすぐに悟った、これはただの飲み会ではない。
落合は何かを企んでいる。

彼は発想が柔軟で行動力もあり、熱意をもって取り組むタイプではあるが、頑張るポイントがズレている。聞けば仕事場でもそうらしい。

2018.12.19 Bottling the VINEYARD プロジェクト望年会

この年から自身のナイアガラでプロジェクトに加わった赤湯葡萄の生き字引
神尾伸一の声高らかな乾杯でスタートした。

研究員の竹田より実験の成果と考察が報告された。

白竜湖からの上昇気流により自然乾燥させたら、50日間で重量は約35%減り
糖度は約8度上昇した。
商品の高付加価値化としての方向性はもちろんであるが、糖度が十分でない果実であっても、自然乾燥により糖度を補うことができれば、補糖したり原料単価を低廉化させたりせずにワイン造りを継続していけるのではないか。

余(アマ)すところなく造ろうね(ローネ)」の実現は葡萄生産者の収益改善に資するものであると考察する。

竹田はそう締めくくり、会場は沸いた。

※おじさんたちの飲み会の余興のようなものですので、あたたかく見守ってください。

これに続き「検証実験に起因する恣意的妄想の域の話」と題して、期間と重量と糖度の相関について3次元のモデルを使って発表された。

要約すれば、糖度の計測データをプロットして描かれる曲線は「龍が山の斜面をうねりながら這い上がっていく様である(に見える)」とか。
白竜湖・十分一山・スカイパーク 赤湯だからこそできるワイン造りを発信していきたい!事務局からのそんな提案だった。
[ ▼ データ残ってました 笑 ]


研究員の竹田には、葡萄生産者 大沼延男より「ノーブオ化学賞(the Nobuo
Prize for Chemistry)
」が授与され 、特製うちわが贈呈された。
竹田は予期せぬ展開に戸惑いの顔をみせていたが「家宝にします」と笑顔をみせた。

「赤湯の葡萄栽培の発展に向けた顕著な功績に対しこれを賞する」
悟りし男 大沼延男の声は威風堂々として、落合の企て(サプライズ企画)は成功した。

the NobuoPrize for Chemistryの特性うちわ / これを贈呈するその瞬間に向けて「望年会」は企てられたものだった

vol.8 風が吹けば

望年会にはスペシャルゲストとして、南陽スカイパークの管理人、ソアリングシステムの金井誠も招待されていた。
金井はスカイスポーツの第一人者で、文字通り世界各地を飛び回っている男だ。そして各地のワインを飲んできた。滞在するスカイスポーツの拠点がワイン産地であることも結構多いのだとか。

金井のどこかの国の話その1
・聞いたこともないド田舎、ぶどうは枯れたように見える。
・「うちは何代続く何々で 」とプライドがものすごい。
・輸出する分などない、いいものだから地元で売り切れる。

金井のどこかの国の話その2
・葡萄畑は果てしなく広大で立派、たぶん日本への輸出用。
・畑で作業に従事する労働者、話を聞くと、すごく貧しい。
・誰に飲んでもらうのか、残念ながらそれは関税次第かも。

さて、赤湯はこれからどんなワイン産地になっていくのでしょう。
畑にかけるプライド、語れるものは数多くあると思う。温泉からはすぐに畑を見に行けるし、醸造者も地元にいる。消費者の共感を得るための条件、歴史も人もアクセスにおいても、ここ赤湯は恵まれている。

金井の話は刺激的で絶大なインパクトであった。
その場にいた誰もが意欲を掻き立てられ、まさに「望年会」となった。

会の終わりに神尾 伸一から提案があった。
「葡萄農家みんなにも、金井くんの話を聞いてもらおう。山をこのまま荒しておくわけにはいかない、みんなそう思っている。これからワイナリーも増える、産地づくりへの機運は高まっている」


この夜がきっかけとなり、神尾を実行委員長として、岩の原葡萄園様・新潟日報社様からのゲストを交え、ぶどう生産者とワイン醸造者、酒屋、苗木屋、旅館、飲食店とが一堂に会する勉強会兼交流会を開催することになる。

2019年3月9日(土)、会場は結城豊太郎記念館、それが 「善151 - 3.9AKAYU PRIDE -」である。


風が吹けば儲かるのは誰でしょう。
白竜湖から風が吹けば、収穫した葡萄の糖度は上がる。そこから連鎖してさまざまなことが繰り広げられている。桶屋に限らず、桝屋(赤湯の八百屋さんです)に限らず、地域全体が豊かになるように。
赤湯プライドを胸に、葡萄畑のチャレンジは続いていく。

HAKURYU-DRY EXPERIMENT2018(完)


あとがきに代えて

HAKURYU-DRY EXPERIMENT 2018 をご覧いただき、ありがとうございました。

物語(葡萄畑での経過をドキュメンタリー風にまとめただけですが)の舞台は2018年のこと。この翌年に facebook / instagram に記事投稿していたものを、note掲載用に再編纂しました。

vol.7の望年会のくだり、特に「検証実験に起因する恣意的妄想の域の話」などはジャンルでいうと"宴会芸" です。御丁寧にレポートの形でまとめておきながら、宴会当日はほぼ使いません、ちらっと見せるくらいなもんです。
企ての実行に向け、密かに準備を進めるプロセスそのものを楽しんでいるような男だから「頑張るポイントがズレている。聞けば仕事場でもそうらしい。」となってしまうのです。筆者はそういうやつです。

しかしながら、エチケットデザインのコンセプト「'アマローネ'… 余すとこなく 造ろうね!? 龍のうねりに 美曲を描き」というのは、やっぱりこの夜の出来事に由来するというのも事実なんですよね。

何がきっかけで何が生まれるのか。予想もつかない出来事が次々と連鎖していくのは、きっと白竜湖から風が吹いたからかもしれません。

この続き「HAKURYU-DRY CHALLENGE 2019」はまた追って掲載することにします。


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