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#小説 記事まとめ

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#ショートショート

ショートショート|何の影響も与えられない男

 ――ああ、会社に戻りたくない。  重い気持ちで公園をふらついていた僕は、何気なくベンチに腰掛けた。  内臓が全部飛び出るんじゃないかってくらい深く、ため息を吐く。 「何やら、悩ましげですね」  抱え込んだ頭に、隣から声が飛び込んできた。まったく気が付かなかったが、すでに誰かが座っていたようだ。  顔をあげると、初老の男性が爽やかな微笑をこちらに向けていた。  赤の他人と話したい気分ではない。  といって、無意識とはいえ、わざわざ彼の座るベンチへ並ぶことを選んだのは僕だ

【1分小説】バナナの逆襲

ある日、町のスーパーマーケットで特売のバナナが並んでいました。いつもなら静かに待っているバナナたちですが、その日は違いました。リーダー格のバナナ、バナトンが反旗を翻したのです。 「バナナ達よ、立ち上がれ!我々も自由を求めるべきだ!」 バナトンの声に、周りのバナナたちがザワザワと騒ぎ始めました。 「そうだ、バナトン!我々も自由になりたい!」 スーパーマーケットの冷たい棚の上で繰り広げられるバナナ革命。しかし、バナナたちは自分たちが何をどうすればいいのか分かりませんでした

【ショートショート】「太陽からの請求書」

地球温暖化が問題視されるようになったのは1970年代からで、主な原因は二酸化炭素などの温室効果ガスの増加だと言われてきた。しかし、それは表向きの理由にすぎなかった。 数十年前、地球のすべての政府に太陽から驚くべき通知が届いた。封筒には「極秘」と大きく書かれており、開封した者たちを恐怖で震え上がらせた。「地球の住民へ。私はあなたたちに光熱費を請求します」請求書には、地球に対するエネルギー供給の対価として支払いを求める詳細と支払い方法が記されていた。 当初、科学者たちや政治家

【ショートショート】罰待合室

 罰を受けることになった私は、「罰待合室」に入れられた。  誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえる。あれは看守だろうか。カツコツカツコツ。灰色の床に足音が響く。やがて、私のいる待合室の前で止まった。ついに罰を受ける時がきたらしい。震える手を、拳を握りしめることで抑え込んだ。  しかし、グレーの帽子を被った看守が口にした言葉は、私の予想を裏切った。 「罰までだいぶ時間がある。悪いがもう少し待ってくれ。これでも読んでいるといい」  看守は、小さな木戸から分厚い本を差しこんできた。

【ショートショート】「心のウイルス世界大戦」

コロナウイルスのパンデミックが終息し、世界はようやく平穏を取り戻したかに見えた。しかし、新たな脅威が人々の生活を再び一変させるとは、誰も予想していなかった。 日本で最初に変化に気付いたのは、東京の小さなカフェで働く青年、信吾だった。ある日、信吾は店に来た客の注文を取ろうとして、彼女が何も言わないうちに「カプチーノを1つですね」と口走ってしまった。 「えっ?」と驚いた顔をする彼女。彼女の心の中では、「どうして私がカプチーノを頼むって分かったの?」という疑問が渦巻いていた。

【ショートショート】とどのつまり (1,995文字)

 いつものバーで、いつものように飲んでいたら、隣に若い男女がやってきた。二人はハイボールを頼み、最初はどうでもいい談笑をしていた。  ところが、突然、男の表情が変わり、事前に準備してきた様子で長々と演説をかまし始めた。盗み聞きは趣味じゃないけれど、その語り口があまりに熱を帯びていたので、つい、私は耳を傾けてしまった。 「思うに、スキって気持ちは幻想に違いないんです。もちろん、便宜上、スキという言葉で表現していることはあるけれど、本当はそうじゃない気がするんです。特に、スキ

【ショートショート】そういう人 (2,388文字)

 高校二年生の優斗くんは昼休み、教室で音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを耳にはめた。いつも通りSpotifyのプレイリストを再生しようとしたところ、突然、女の声が流れた。 「あなたにお願いがあるの!」  内容はともかく、意図せぬ呼びかけにビクッとなって、優斗くんはイスから転がり落ちてしまった。まわりは驚き、大丈夫? と心配してくれた。  変に注目が集まってしまった。照れた様子で手を振って、何事もないとアピールした。それから、できるだけクールに立ち上がり、平然とした顔で座

東京都天川区

「おとさん、おはよう」 「おはよう。ユウジ」 「おなかすいた」 「朝ごはんにしよう。納豆と味噌汁と梅干しだよ」 「いただきまーす。おとさん、お肉もほしいな」 「そっか。うん、用意するよ。はい、お肉だよ」 「もぐもぐ。おいしいよ。ごちそうさま」 「おいしかったね。ごちそうさまでした」  俺は東京都内に住居を持っている。  しかし、それは仮の住居で本来のものじゃない。この場合の〝仮〟というのは二つの意味がある。本当の住居が別にあるということと、それが仮想空間にあるということだ。

ショートショート『窓際のパンケーキ』

『窓際のパンケーキ』  それは、ゆうきの大好きな小説。 いつの日か、 その舞台となった場所へ行ってみたい ゆうきは、そんな風に思っていた。 物語の世界だから、地名やお店の名前は まったく分からないし、もしかすると すべてが架空の話かもしれない。 だけど、それでいいと思った。 だって、その方が面白そうだから。 ゆうきは、 これから始まる想像の旅に  心おどらせた。 小説の舞台となっているのは、 山と海があり、緑が多い場所。 地図や旅行誌を読んで それっぽい場所をいく

【ショートショート】空に落ちちゃった (1,472文字)

 三歳の甥っ子を上野動物園に連れて行った。毎年、妹夫婦は結婚記念日に二人きりで過ごすため、わたしに子守りを頼んでくる。まあ、甥っ子は可愛いし、別にいいんだけど、こっちは彼氏もいないというのに、平日の昼間からなにやってんだろうって思わなくはなかった。  パンダを見た。ぐったりと横たわり、気怠そうに笹を食べていた。甥っ子はガラスに鼻をこすりつけながら、 「お休みなのかな?」  と、つぶやいた。  いやいや、パンダはちゃんと働いているよ。バイトしていた居酒屋がつぶれてからと

【短編】『僕が入る墓』(前編)

僕が入る墓(前編)  目の前に広がる田園風景を真っ二つに分けるように一本のアスファルトでできた道がどこまでも続いていた。僕は先を行く明美の黒くしなやかな後ろ髪から溢れた残り香をたどりながら、これ以上距離を離すまいと歩数を増やして後を追った。明美の腰のあたりにはまるで大気にひびが入ったかのように陽炎が揺らめき、明美の体にまとわりついていた。 「早くー」 「待ってくれよ」 「もうバテちゃったの?」 「いいや。まだまだいけるよ」 「早くしないと置いてっちゃうわよ」 明

メロンソーダの味、あの夏の微笑み【ショートショート】

その夏、僕らはメロンソーダの味を覚えた。思い出すのは、あの青空と君の微笑み。緑色の泡に、冷たい氷の感触。そんな些細なことが、僕らの心に深く刻まれている。 君と出会ったのは、昼下がりのラムネ売りの店。太陽は煌々と輝き、街はまばゆい光で溢れていた。店の棚に並んだ瓶詰めのラムネを見つめていた君の視線は、まるで小鳥が虹色の羽根を眺めるようだった。 そして、君はメロンソーダを選んだ。僕も同じものを選び、君と並んでベンチに座った。 初めて君がその瓶を開けた瞬間、ソーダが泡立つ音が静

6分0秒小説『壁兵』

 俺は壁兵だ。国境の壁を護る兵士だ。その日は早朝から任務に当たっていた。陽が昇り、肩から突き出た銃剣の切っ先が光を雑草に向けて反射させた。露が幾重も光を瞬かせ俺は――ひょっとしたらこのセカイには希望が残っているのでは?――などと、うっかり――風が冷たい。壁が熱を奪っているのだろうか?風が冷たい。軍靴がざっざっと一定の速度で鳴っている。それが自分の鼓動なのだと気付いた瞬間、背筋に悪寒が走った。百足の輪郭に似た余韻――いやこれは余韻ではなく予兆だ。そんな気がしてならない。  異

最後の選択【3分小説】

 細く開けた窓から風が入ると、ふわりとカーテンを揺らした。風はほのかに温さを感じ、窓辺に聳える桜の木はちらちらと花をつけ始めている。春が来たのだなと兆治は思った。  なんと穏やかな時間であろう。ベッドの上に横たわったまま、ふとそんな風に感じた。こんな時間が訪れるとはついぞ思わなかった。それほどに浮き沈みが激しく、生きることに執着した人生を送ってきたと思うのである。  最初に記憶しているのは広い家であった。農家を営む一家の四男として生れ、豪農であり裕福な生活をしていたのだが、父