茶汲【ショートショート】
茶の良し悪しなど知らぬ人生であった。もっと早くに茶の奥深さに気付いていれば、夫婦の会話もちがうものになったであろう。そんなことを思いながら柴山は茶を淹れた湯呑を妻の霊前に供えた。
自動車部品の製造工場から独立して町工場を構えたのは、齢三十になろうかというときだった。自動車や産業機器のスイッチの設計から製造までを請け負い、従業員は多いときでも十人以下という手狭な所帯であった。この小さな町工場で他社との競合に勝ち抜いていくために、クオリティを落とさずどこよりも早く仕上げて納品