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6分0秒小説『壁兵』


 俺は壁兵だ。国境の壁を護る兵士だ。その日は早朝から任務に当たっていた。陽が昇り、肩から突き出た銃剣の切っ先が光を雑草に向けて反射させた。露が幾重も光を瞬かせ俺は――ひょっとしたらこのセカイには希望が残っているのでは?――などと、うっかり――風が冷たい。壁が熱を奪っているのだろうか?風が冷たい。軍靴がざっざっと一定の速度で鳴っている。それが自分の鼓動なのだと気付いた瞬間、背筋に悪寒が走った。百足の輪郭に似た余韻――いやこれは余韻ではなく予兆だ。そんな気がしてならない。


 異変に気付いたのは夜明けから1時間後だからそう、多分7時頃だったと思う。叢で動く影を見つけた。銃剣を構え、近づく、野犬か?溝鼠か?いつものならそのどちらかだ。だがその朝は違った。子供だ、ランドセルを背負っている。
「おい!ここで何をしている?!」
 銃剣を構えたまま更に近づく。
「……うう、痛い」
「答えろ!ここで何をしている?!」
「父さんに……会いに行く途中なんだ」
 子供は四つ這いの姿勢、右脚だけを真っすぐに伸ばして震えている。
「脚を怪我しているのか?」
「分かんない。でも痛いよ」
「見せてみろ――いや、その前にIDを出せ」
「……家に忘れてきたんだ」
「家に忘れてきた?嘘を吐くな!IDが無いと家の扉を開錠して外出することは出来ない。ID無しでどうやって家から出てきた?」
「……僕」
「答えろ!」
「……」
「襟を捲って見せろ!」
 銃剣を突き付ける。
「見せろ!」
 子供が襟を捲るとバーコードが刻まれているのが見えた。
「そのバーコードは敵国の国民管理コードだ。壁を越えてきたのか?」
 こんな子供がどうやって――。
「お願いだよ。父さんに会いたいんだ」
「見逃すわけにはいかない。壁を越えて来たものは鳩だろうとタンポポの種だろうと撃ち殺す――それが壁兵の任務だ」
 銃剣を突き付け狙いを定める。子供の大きな瞳、手が震える。
「おじさん、止めてよ!僕を殺さないでよ」
「……これがおじさんの仕事だ」
「おじさんには子どもが居ないの?」
「居るよ、壁の向こうにな。戦争が始まって離れ離れになってしまった」
「じゃあ、僕と一緒じゃないか!」
「……」
 早くしないと、他の壁兵がやってくる。
「その脚じゃあ、どうせ街まで辿り着けない。途中で地雷を踏むか、俺以外の壁兵に見つかって殺されるか、どちらかだ。行け」
「え?」
「俺は何も見なかったことにする。さっさと行け」
 子供は四つ這いのまま足を引き摺りながら、草むらの中へ消えて行った。


「以上がすべてだ」
「馬鹿なことをしたな」
「お前なら殺せたか?」
「当然」
「どうだか――」
「午後から軍法会議が行われる。でもその前にお前に現場を見せておくように言われた。出ろ」
「手錠を外してくれ」
「駄目だ」
「脱走なんかしない」
「分かっている」
「同僚のよしみで」
「駄目だ」
「”現場”ってなんだ?」
「行けば分かる」

 壁兵が詰めている砦、その地下にある牢、同僚に腰紐を引かれ、裸足のまま、行先も分からず連れ出される。小高い丘を登らされ――。
「見えるか?」
 街の方を指さしている。見る。
「燃えている」
「あれが敵国が開発した新兵器”子供爆弾”の威力だ」
「子供……爆弾?」
「お前が見逃した子供が背負っていたランドセルの中身、何だと思う?教科書?ジャムパン?ゲームのカード?違う。そんな穏やかな物じゃない。あのランドセルには、高性能の爆発物がぱんぱんに詰まっていた」
「じゃあ、あの子は?やはり死んでしまったのか……」
「おいおい、あれの爆心地にいたんぞ?生きてると思うか?」
「そもそもあの子はどうやって壁を?」
「投石器に石の代りに子供を詰めて飛ばしたらしい」
「そんなことが許されるのか?」
「許す?誰が?何を?しかし敵さんも冴えてるよな。子供に街中まで爆弾を運ばせるとはね。素晴らしい発想だ。そう思わないか?」
「いや――」
「ああそうだ。今朝、発射された子供爆弾は60発、そのうち59発は爆発前に壁兵により無力化された」
「つまり俺だけが?」
「そうだ」
「あの子は知っていたのか?ランドセルの中身が爆弾だということを?」
「さあな、そんなことより聞かせてくれ?」
「……何を聞きたい?」
「感想を――或る馬鹿な壁兵が、私情に流され任務を放棄した結果があの悲惨な光景だ。どう思う?」
 色彩が消える。
「家族は……俺の家は?妻は?」
 同僚が笑った。声高らかに笑った。藪の中から駒鳥が一斉に飛び立った。
「知るかよ。でも心配するな。俺の妻と子供たちの死体はちゃんと見つかった。では只今より軍法会議と処刑を始める」
 同僚が銃剣を構える。剣の切っ先が光を雑草に向けて反射させた。俺は、そこに露がないか見つめる――。


[コメント]メロン醤油さん
 ありきたりな発想ですね。子供爆弾と同じ物を映画や小説でよく見かけますよ。


[コメント]田中の角煮さん
 面白そうなタイトルだから読んでみましたが、普通の話でした。


[コメント]そんなナスビさん
 よくある話。


[コメント]ロバとデニールさん
 "かべへい"ですか?"へきへい"ですか?


[コメント]ぽちょむきむきんさん
 現実に中東では子供爆弾に近いテロ行為が行われています。わざわざ小説にするような内容ではないのでは?


[コメント]直径200mさん
めちゃ面白かったです。で、かべへい?


[コメント]或虎さん
 直径200mさん、コメントありがとうございます✨読み方はお好きな方で(^^;)


[コメント]石橋を叩いて渉さん
 10年前なら衝撃作かもしれませんが、今のご時世では普通の話。

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