108番 因果応報。 そんな言葉が頭に浮かんでいた。もともと仏教の用語で、善行は幸福をもたらし悪行は不幸をもたらすという考えの言葉だ。現在では一般的に、悪い方の意味で使われることが多い。〝自業自得〟に近い意味だと思う。 だから、僕の今の状況は因果応報だと、自業自得だと、そう言われれば返す言葉もない。 体を動かすことができない。目を開けることはできるが、なにも見えない。 歯科医院で治療を受けるときのような姿勢で、おそらくリクライニングタイプの椅子に座らせられている
204番 204番のレンタルボックスの借り主である美里さんは、真剣な表情で僕に詰め寄る。 「私たちの子どもの名前を、考えてくださいね。松下さん」 「うーん、僕の子ども……なんですかね?」 近くの大学に通う美里さんは、信じられないというような目を向けた。 「私たちの血をわけた子どもです。それを認めてください」 妻子ある僕がこのような状況に追いやられているのは好ましいものではないが、自分に非がないとも言い切れず、言葉に詰まってしまう。 そうなってしまった原因は、数日前の
119番 僕はマスターキーを使い、119番のボックスの扉を解錠した。 ボックスの中は特殊な世界が構築されていた。 壁一面に貼られた写真や、足の踏み場もないほどに敷き詰められた人形やヌイグルミ。それらは雑然と配置されているようで、よくよく見ると異常な執着やこだわりが感じられる。 119番のボックスの借り主の品川さんは、とても静かで真面目なタイプの人だ。長峰レンタルボックスの敷地内で何度か顔を合わせたことがあるが、挨拶以上の会話を交わすことはない。品川さんは、いつも襟の
107番 屋外型コンテナ式のレンタルボックスの場合、屋内型のものに比べてデメリットがいくつかある。 まず温度や湿度の問題がある。屋外にある以上、ボックスは環境の影響を受けやすい。夏は特に高温多湿にさらされることになる。 また、電源がなく照明などの器具がつけられない。当然、空調設備もつけられない。 車の乗り付けができるなどメリットもあるが、これらの点で屋外型は用途が限られてしまう。 しかし、長峰レンタルボックスは一部のボックスにおいてそれらのデメリットが解消されてい
111番 「あの、ここのレンタルボックスの人ですか?」 長峰レンタルボックスに一人の少年がやってきた。中学生くらいだろうか。 「はい。レンタルボックスを管理している松下です」 「あの、松下さん。突然すみません。ここの111番のボックスの中を見せてほしいんです」 111番。またか。 「うーん。どうしてかな。君たちはどうやってここにやって来るんだろうか。揃いも揃って111番を見せてほしいと言う」 長峰先輩からこのレンタルボックスを引き継いでから、彼のような来客が後を絶たな
217番 先輩から長峰レンタルボックスを譲り受けたあと、僕は二度引っ越しをしている。 一度目は、先輩から管理を引き継いだ直後にレンタルボックスの近くに引っ越した。管理人としての仕事が意外と多いのだ。まず、ここは監視カメラがない。そして、ボックスの鍵がシリンダー錠のため、直接利用者に鍵を手渡す必要がある。それらの理由で、僕は巡回も兼ねてこのレンタルボックスに頻繁に来る必要があった。 二度目は、僕が結婚して子どもができたため、少し広めの住居に引っ越した。もちろん、レンタル
103番 長峰レンタルボックスの出入り口を入って左側、手前から三つめの103番のボックスは、高柳一平さんが借りていた。 しかし、数日前に103番のボックスの名義人が一平さんの奥さんである春恵さんに変更された。一平さんが亡くなったからだ。 春恵さんはパートを掛け持ちしていたが、一平さんが亡くなってから全て辞めたようだ。働く必要がなくなったらしい。進学を諦めていた息子さんも大学に通えるようになった。 一平さんには借金があった。家計は苦しかったと聞いている。レンタルボック
当初『レンタルボックス』の貸し出しも考えていました。他の人がどんなものをボックスに預けるのか見てみたいという気持ちがありました。もちろん、これは創作上の話です。これはまた、なんらかのカタチにできたらと思っています。
『レンタルボックス』は続きものになる予定ですが、せっかくなので創作大賞に出せたら、とも思っています。主人公が人のレンタルボックスを覗くという趣味の悪い話ですが、順番は形式上あまり関係なく、各話完結で2万字を超えたら応募する予定です。 https://note.com/mahiro_yamaki/n/n844567ed105d
118番 居酒屋の喧騒が懐かしく思う。 こうして旧友と飲むのも久しぶりだ。とはいえ、僕はノンアルコールだ。別に酒が飲めないわけじゃないが、あとで車で向かうところがある。 「松下よぉ、せっかく奥さんの許可が出たってんなら車で来るこたないだろう」 「そうだ。毎度毎度、俺たちの誘いを断りやがって」 友人ふたりは、もうできあがっている。 「いや、そもそも玲には言ってないよ。小さい娘を任せたまま僕だけ飲みに……、とはなかなかね。仕事を抜けてきたんだ」 「なんだ、例のレンタルボッ
キーを差し込みセルモーターを回す。 最近は、みっつ数えたあたりでやっとエンジンが始動するようになった。 俺はタバコを一本取り出し、ゆっくり根元まで味わう。そうすると、やっとアイドリングが落ち着き始める。 カセットデッキのプレイボタンを押す。いつものルーティン。 「さあ、いくよマイ。今日も同じルートだ」 「うん。私好きよ。なんでもない景色だけど、素敵じゃない」 井の頭通りから環八井の頭交差点を右折して環状八号線に入る。環八通りを等々力方面に南下する。 「やっぱり夜にド
男の元に差出人不明の手紙が届いた。 『死神を名乗るならば、お前こそがシヲマネキになればいい』 気味の悪い手紙を、男は切り刻んで捨てた。そんな手紙をもらう心当たりは大いにあった。 男は何にも所属せず、依頼があれば理由を問わずに刑を執行する処刑人を稼業としていた。この刑は法によるものではなく、私的な復讐や報復として行われるものだった。その界隈では有名で、男は〝死神〟と呼ばれるようになった。 男のなかでもお気に入りの処刑方法があった。 潮が満ちる前の干潟に、標的を動けな
中学二年生の男子の久良木は、どちらかといえば影の薄い存在だった。 久良木はいつも静かで、教室の片隅で一人ぼっちで過ごすことが多かった。特に目立つこともなく平凡な日々を送っていたが、それはそれで悪くないと思っていた。 ただひとつ、もし願いが叶うならば、憧れの花野と話がしたい。もっと彼女とシンコウを深めたい。久良木には内に秘めたそんな想いがあった。それは意外なカタチで叶うこととなる。 全てはガガンボ教の導きによる。 「久良木のあのハンドボール投げはないぜ」 休み時間に
怪談師の話 薄暗い部屋に高座があり、そこに怪談師が座っていた。 高座に相対して座る幾人かが、固唾を呑むように怪談師の話に耳を傾けていた。 部屋を照らす照明は蝋燭の火のみ。風のない部屋の中で、その火はゆらゆらと揺れている。 「今宵、私はあなた方を深淵へ誘います。ある男の中に入っていくのです。その男は我々に見られていることが分からない。彼は喜劇王。人を笑わせる天才は、自分が演じるその人物こそ自分自身に他ならないことを理解できない。本当に滑稽なことです。しかし、それこそが喜
「おとさん、おはよう」 「おはよう。ユウジ」 「おなかすいた」 「朝ごはんにしよう。納豆と味噌汁と梅干しだよ」 「いただきまーす。おとさん、お肉もほしいな」 「そっか。うん、用意するよ。はい、お肉だよ」 「もぐもぐ。おいしいよ。ごちそうさま」 「おいしかったね。ごちそうさまでした」 俺は東京都内に住居を持っている。 しかし、それは仮の住居で本来のものじゃない。この場合の〝仮〟というのは二つの意味がある。本当の住居が別にあるということと、それが仮想空間にあるということだ。
知多は慎重かつ素早くデリータをセットする。 デリータの二脚を固定し柵の隙間からマズルとフロントサイトを出す。スコープを覗くと知多のいるビルの屋上からでも街の人々がよく見える。 スコープにオプティカルユニットを装着する。オプティカルユニットは瞳の動きに追従してターゲットをロックオンすることができる。 支給されたエネルギーパックをマガジンモジュールに差し込むと、低いハミング音が響いた。デリータのセットが完了した合図だ。 『こちらハゲワシ。聞こえるか?』 見計らったかのよ