ドライブスルーノスタルジア
キーを差し込みセルモーターを回す。
最近は、みっつ数えたあたりでやっとエンジンが始動するようになった。
俺はタバコを一本取り出し、ゆっくり根元まで味わう。そうすると、やっとアイドリングが落ち着き始める。
カセットデッキのプレイボタンを押す。いつものルーティン。
「さあ、いくよマイ。今日も同じルートだ」
「うん。私好きよ。なんでもない景色だけど、素敵じゃない」
井の頭通りから環八井の頭交差点を右折して環状八号線に入る。環八通りを等々力方面に南下する。
「やっぱり夜にドライブするに限るな。このあたりは毎朝渋滞が酷いからね」
「そうなの。私は運転しないから分からないわ」
実際、ここから玉川のインターチェンジまで夜なら二十分くらいの道のりだが、平日の朝ともなると渋滞で二時間かかることもザラだ。
玉川のインターチェンジの手前、瀬田の交差点を左折して玉川通りに入る。用賀一丁目の交差点を直進するあたりで、高架下を首都高と並走する。
「俺はここの道が好きなんだ。雨のときなんか、アーケードの中を走ってるみたいで不思議な気持ちになる」
「そう。よく分からないけど、レストランがいっぱいあるから、私も好きよ」
駒澤大学を右手に玉川通りを走る。
上馬の交差点を左折して環状七号線に入り、そのまま高円寺方面に北上する。
カセットデッキからガチャリと音がする。オートリバースの音だ。ドライブも折り返しに入る。
「ここのロイホよく行ったね」
「そうそう。車で入れるから助かるんだ」
赤信号。
信号待ちをしている俺の車に横付けした車が空吹かしを始めた。運転手と助手席の人間が恐らくこちらを見ている。視線を感じる。
「チッ、ゼロヨンかよ。今どき」
俺もアクセルペダルを踏んでエンジンを鳴らした。合意の合図を送る。
信号が青になったと同時に横の車はすっ飛んで行った。BMWのエンブレムはすぐに見えなくなった。
俺はクラッチをゆっくり繋ぎ、マイペースで走る。
「勝手にやってろ」
俺のR32のスカイラインは、〝R〟じゃない。二駆のGTSで四駆のGT-Rとは似て非なるモノだ。それでも俺はこだわりをもって三十年近くコイツに乗っている。少なくとも直進でBMWにチギられるためじゃない。
それに……、この先は、よくネズミ捕りをしている。付き合っていたらキリがない。
「本当に、いいドライブね」
大原の交差点を左折して甲州街道に入る。ここから、また高架下を走る。甲州街道は京王線と並走していて東進すれば新宿に出る。俺が向かうのは西、高井戸方面だ。
少し走ったところで、松原の交差点を右折して井の頭通りに入る。ドライブはもうすぐ終わる。
杉並区の住宅街を走る。とても静かだ。
「そうね。このあたりも住みやすそうね」
そんな話をよくマイとした。引っ越すならこの辺にしようって。
ガチャリ。
二度目のオートリバース。
いつもより、少し時間がかかってしまった。
もうすぐ環八井の頭交差点。
スタート地点であり、このドライブのゴール地点だ。
「うん。私好きよ。なんでもない景色だけど、素敵じゃない」
俺はカセットデッキのストップボタンを押した。
ちょっとした邪魔が入ったが、確かに素敵なドライブだった。
マイを助手席に乗せてドライブできたなら、もっと素敵なドライブになったはずだ。
了
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