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シヲマネキ

 男の元に差出人不明の手紙が届いた。
『死神を名乗るならば、お前こそがシヲマネキになればいい』
 気味の悪い手紙を、男は切り刻んで捨てた。そんな手紙をもらう心当たりは大いにあった。

 男は何にも所属せず、依頼があれば理由を問わずに刑を執行する処刑人を稼業としていた。この刑は法によるものではなく、私的な復讐や報復として行われるものだった。その界隈かいわいでは有名で、男は〝死神〟と呼ばれるようになった。
 男のなかでもお気に入りの処刑方法があった。
 潮が満ちる前の干潟に、標的を動けないように拘束する。そして、徐々に潮が満ちていき標的が溺れ死ぬ様子をゴムボートの上から観察するのだ。
 干潟でシオマネキがはさみを振るい潮を招くサマは、まるで死を招くモノ、〝シヲマネキ〟として男は勝手なシンパシーを感じていた。

 差出人不明の手紙は毎日のように届いた。
 手紙が届くたびに男は鋏で切り刻んだ。
 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
 手紙の言葉は言霊となり男の中に浸透していく。
 男は無心に鋏を振るった。
 言霊を振り払うように。
 鋏を振るう。
 大きな鋏。
 死を招く死神。
 シヲマネクシニガミ。
 俺が鋏を振るうと潮が満ちる。
 オレガハサミヲフルウトシオガミチル。
 干潟の先に水平線を見た。
 夕日がゆっくり沈んでいく。

 男はシヲマネキになった。
 それをする理由を忘れ、意識が消失するなか、男は鋏を振るう。
 潮が満ちる。

 了

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