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レンタルボックス #5/8

107番

 屋外型コンテナ式のレンタルボックスの場合、屋内型のものに比べてデメリットがいくつかある。
 まず温度や湿度の問題がある。屋外にある以上、ボックスは環境の影響を受けやすい。夏は特に高温多湿にさらされることになる。
 また、電源がなく照明などの器具がつけられない。当然、空調設備もつけられない。
 車の乗り付けができるなどメリットもあるが、これらの点で屋外型は用途が限られてしまう。
 しかし、長峰ながみねレンタルボックスは一部のボックスにおいてそれらのデメリットが解消されている。
 107番と108番のボックスに限り、100V電源と空調設備を備えている。
 その二つのボックスは他に比べてだいぶ割高になっているが、借り主の楠田くすださんは意に介さなかった。
 楠田さんは外科医でありながら、いわゆる〝ドクター〟という感じはなく、活力を感じさせる30代の健康的な男性だ。

「松下さん、お世話になっています」
 僕が敷地を巡回していると、楠田さんが声をかけてきた。隣にはユミさんという女性がいる。二人の関係性はよく分からないが、最近一緒にいるのをよく見かける。
「楠田さん、こちらこそ。どうされましたか?」
「私が借りているボックスですがね、200Vの電源に変更できませんか? もちろん必要な費用は持ちます」
「はあ、ちょっと待っていてもらえますか? まず可能かどうか業者に確認してみます」
 僕は二人から少しだけ離れて懇意にしている業者に電話をかけた。端末から転送のコール音が聞こえる。
「それでね、最近本当に調子がいいの」ユミさんが楠田さんに嬉々ききとした声で話しかけた。
 業者に電話が繋がるまでの間、僕ははからずも二人の会話を聞いた。
「ヴィーガンの生活、本当に良い感じなのよ。体が軽くなったし、毎朝の目覚めもすごくスッキリしているの」
「それは素晴らしい。ヴィーガンになることで健康面での効果を実感する人が多いんだ。植物性の食事には抗酸化物質が豊富に含まれているから、体全体の調子が良くなる。ユミ、キミのようにね。そう、特に内臓がね、みずみずしく生まれ変わるんだ」
「確かに、胃もたれがなくなった気がするわ。それに、料理も楽しくなったの。最近はナッツミルクを自分で作ってみたんだけど、本当に美味しくて驚いちゃった」
「それはいいね。自家製のナッツミルクは市販のものよりも新鮮だし、添加物も入っていないから安心だ」
 電話は数コール後に留守番電話の音声案内に切り替わった。僕は手短に要件をメッセージとして残した。
 二人の会話に割り込むカタチで僕は、「すみません。ちょっと外しているようで、折り返しが来ると思いますので、のちほど楠田さんに連絡いたします」と伝えた。
「ええ、構いませんよ。よろしくお願いします」
 楠田さんは、そう言って微笑んだ。白い歯がちらりと見えた。

 その日の夜、僕は107番のレンタルボックスをマスターキーで開けた。
 中に入り、扉を閉める。
 このボックスは備え付けの照明があるが、念の為にヘッドマウントライトで照らした。
 中には天体望遠鏡やマウンテンバイク、ガラスケースに入った鉄道模型やスタンドに立て掛けられたギターやベースなどがある。
 楠田さんは多趣味なのだろうかと思ったが、ただ飽き性なだけなのかもしれない。
 初めて楠田さんと顔合わせをしたとき、彼は僕にヴィーガンの食生活の素晴らしさを語った。
 内側から生まれ変わることができると。それはリバースではなくリボーンであると。
 楠田さん自身はヴィーガンなのか。恐らく……。
 ボックス内をざっと見たところ、特筆すべき点は見当たらなかった。電源を200Vに変更する理由は何だろうか。業務用の何かをここに置く必要があるのか。
 そこで僕は違和感に気がついた。
 他のボックスを見慣れた僕だから分かる。
 このボックスは奥行きが少し狭い。
 奥の内壁を確かめてみた。すると、他の三方の内壁と似た木製の板がパーテーションのように立て掛けられていたのだ。まるで、奥のスペースを隠すように。
 それは一枚の板のようだが、よく見ると同じ大きさの三枚の板がきれいに並べられたものだった。
 僕はそのうちの真ん中の一枚を手前に引き、隠されたスペースを覗き込んだ。
 長方形のコンテナボックスの奥から1mほどが隠しスペースとなっていた。
 そこにあったのは四つの鉄の扉がついた業務用の冷蔵庫のようなものだった。
 隠しスペースをつくっていた板の残りの二枚を取り除くと、巨大な冷蔵庫がコンテナの奥に鎮座する異様な光景となった。
 鉄の扉に手を掛け、それを手前に引いた。ヒュッと空気が抜ける音がして、扉が開いた。
 白い煙のような水滴が発生する。
 冷気が頬を撫でる。
 どうやらこれは冷凍庫のようだ。
 中にあるのは、真空包装された赤黒い塊。
 その塊にはラベルが貼られている。ラベルについた霜を手で払う。
『A.K』と書かれているように見える。
 その一つの扉の中に、同じようにパッケージングされた塊がいくつも並んでいる。『I.N』や『S.B』。
 これは肉だ。動物の肉。
 やはり、という思いがある。
 楠田さんはヴィーガンではない。
 分かる。あの顔つき、体つき、姿勢。
 あれは良質な動物性のタンパク質を摂取している人間だ。
 思い込みと言われるかもしれない。しかし、楠田さんはその特徴が顕著に出ている。爪を隠したところで虎は虎だ。
 この冷凍庫をさらに大きなものに替えようと200Vの電源に変更を希望しているのか。
 僕は、パーテーションの板を元の位置に戻して冷凍庫を隠した。
 ふいに、車が近づく気配をボックスの外に感じた。車のドアが開いてすぐにバタンと閉じられる音が聞こえた。
 足音が近づいてくる。
 このボックスに向かってきている?
 僕は屈んでガラスケースの後ろに身を隠した。
 足音がピタリと止まる。
 鍵が解錠される音がした。
 ガチャ。
 音は近い。しかし、このボックスではなかった。
 恐らく隣の108番だ。
 108番の借り主はこの107番と同じ楠田さんだ。となれば、ここに来るのも時間の問題かもしれない。
 僕はスマートフォンを取り出して電話をかけた。
 かすかに着信音が聞こえる。隣のボックスからだ。
『はい、楠田です』
「こんばんは。松下です。夜分遅くにすみません。電源の件ですが、業者から折り返しが来まして、可能とのことです」
『そうですか。いや、助かります。すぐに必要になりそうでしたので。費用はいくらかかっても構いませんので、可能な限り早く作業してもらえますか』
「分かりました。……あの、楠田さん」
『なんでしょう』
「いえ、なんでもありません。では、また連絡いたします」
『はい。では、また』
 僕は静かに107番のボックスから出て扉に鍵をかけると、すぐにその場から立ち去った。

 数日後、楠田さんはまた長峰レンタルボックスを訪れていた。
「楠田さん、こんにちは。例の件ですが変更はいつにしますか? ボックス内部での作業があるので立ち合いが必要になるかと思いますが」
「そうですね。一度こちらもトラックと業者を手配してボックス内の整理をしたかったので、そのタイミングでやらせてもらいます。そうだな、早ければ早いほどいい」
「ええ、決まり次第ご連絡ください」
「分かりました」楠田さんは、優しく微笑んだ。白い歯が見えた。「さあ、帰ろうか。おいで」
 楠田さんは連れていた女性に手招きをした。
 呼ばれた女性は楠田さんの二の腕に絡みついた。
「それでね、最近本当に調子がいいの」
「それは素晴らしい。ヴィーガンになることで健康面での効果を実感する人が多いんだ。マキ、キミのようにね」
 二人は親しそうに話をしながら、去っていった。

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