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コンクの修道院に泊まった最後の夜の思い出 〜ルピュイの道14〜

とうとうコンクに到着。
もちろんここも「フランスでもっとも美しい村」認定されている。
2019年の巡礼ルピュイの道の歩き旅もここで終了。
コンクの村の真ん中にあるサン・フォア教会を目指して歩く。

カミーノ・デ・サンティアゴというスペインの巡礼路を、フランスのサン=ジャン=ピエ=ド=ポー(略してSJPP)からスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで800km歩いたので、フランスのルピュイ=アン=ヴレからSJPPまでを歩いて道を繋げようとしている旅の途中の話。 
森の中から現れたラスボス的コンク!
周りを見渡せば山々。こんな所にこんな美しい村があるとは思わない。


併設されている修道院の入り口まで辿り着いてから、急に「しまった」と立ち止まった。
宿泊の予約をするのを忘れていたのである。
こんなうっかりをするなんて、旅慣れてる人ぶって信じられないと思われるかも知れないけど、私は元来こういうことをやらかしているうっかりさんなのである。

スペインのカミーノでは、毎日の宿の事前予約はほぼ必要なく、歩いていて「今日はここまでにしよう」と思ったらその町でアルベルゲ(巡礼宿)を探すので良かったのだが、フランスのルピュイの道は少し勝手が違った。
宿の絶対数が少ないということもあり、予約が必要な場合がほとんどだった。
いつも前日の晩か当日の歩いている途中に、ジャックとティエリか、イザベラがついでに私の分のその日に泊まる宿の予約をとってくれていたのだが、イザベラとお別れしたのと、昨日はジャックたちが別の町にいたこともあってすっかり忘れていた。
今回のルピュイの道で、自分がいかに人に頼って(というか人任せにして)旅をしていたかが身に染みた。

サン・フォア教会。ファサードの最後の審判が見事。
修道院の入り口

さてさて。
どうしたものか。
修道院に泊まれる!泊まれる!とはしゃいでいたが、予約をし忘れるというそんな間抜けな話があるのだろうかと情けなくなる。
1人だし、廊下でもなんでもいいからどこかで寝させてもらえればいいやと思い、恐る恐る受付で覚悟を決めた。
「予約をするのを忘れたけど、どうしてもここに泊まりたいから、ベッドだけでも一つ空いていないでしょうか。どこでもいいので泊まらせてほしいの。今日が私の歩き旅の最終日なの、ここに泊まるのを楽しみにしてきたの。」
と英語で頼んでみた。年に2回ほど使う必殺のお色気と可愛げも出した。背の高い女の無理矢理の上目遣いなども。相手は女性だったから使うタイミングをミスった気もするが、我ながら見え見えに同情を誘う身勝手な言い分である。

「予約してないの?!うーん...」受付の人は困っていたが、歩みの遅い私なので、この日も私が一番最後の到着客だったと思われ、
「一人なら、まあいいわ。大丈夫よ。」と宿泊OKをもらった。
やった、ありがとう、メルシーメルシー!
大喜びしてしまった。
受付を終えてから、大きなゴミ袋をもらい、ここにすべての荷物を入れるように指示される。ベッドバグ(南京虫)を徹底的に中に持ち込ませないようにする対策と修道院を清潔に保つねらいのようだった。
修道院の中はとても清潔で結構広く、たくさんの巡礼者が宿泊しているようだった。
ゴミ袋に40リットルのバックパックを入れて抱えて階段を登る。
案内してくれた女性が一番上の階の屋根裏部屋まで案内してくれた。
部屋の扉を開けてみると、天井が低い。
私のようなデカい女にとってはいささか窮屈に思えたが、その代わり部屋の広さは十分にあったから大満足。
メルシーボーク!と言って扉を閉めようとすると、向かいの部屋から2人組のおじさんたちが出てきた。
ジャックとティエリだった。
思わず3人で笑った。
最後の日までご縁のある二人だなと思った。
「こっちの部屋は広くてもう一つベッドが余ってるから、のりまきに連絡して呼ぼうかと言ってたところだよ」とのことだったが、疲れていたのと最終日は個室でゆっくり眠りたかったのもあり、ご好意だけ受け取って、私は個室の屋根裏部屋を選んだ。
そして3人で晩ごはんの時間に待ち合わせの約束をして、シャワーを浴びることにした。

こういう回廊が好きです。
修道院からの景色。
天井に頭を打たずに過ごせるだろうかと不安になる屋根裏。
意外と広くてテーブルと椅子もあった。右下はビニール袋に入れた私のバックパック。
取っ手の貝殻模様に萌える巡礼者。
春。

シャワーと洗濯の後、17時半を過ぎていたが、まだまだ日が暮れそうにない季節だったので、コンクの村を晩ごはんの時間まで散策することにした。
修道院を出てしばらく歩いたバルの前で、不意に名前を呼ばれる。
「St Jacques(聖ヤコブという意味)」というバルのテラス席で宴会をしているメンバーだった。
顔見知りの人たちだらけで、そこにアルもいた。アメリカ人のアルには、旅の道中によくフランス語を教えてもらっていたが、結局、私の話せるフランス語は「饅頭(ボンジュール)」と「メルシー」と「ジュマンジ」くらいしかなかった。
アルが何やら手にしていたものを隣のピエールに渡して私のところに見せに来た。
手のひらにはチーズが2つ。
最終試験だと思った私はゆっくりとこう言った。

「ジュマンジ・フロマッジ!」

しばらく沈黙の後、宴会メンバーが拍手喝采。どうやら最終試験をパスしたらしく、チーズをもらい、何かをメモした紙ナフキンをもらった。
そこにはこう書かれていた。
「J'aime manger du fromage   
I like to eat cheese」
なるほど、こう書くのか。
視覚優位のタイプなので目にすると腑に落ちる、気がした。
ジュマンジの伏線回収。
それからアルの横に椅子が運ばれて、みんなの宴会に参加。
ワインで乾杯し、楽しい楽しい宴となった。

私はチーズを食べるのが好きです。

おっと。
こうしちゃいられない。
修道院の中でのディナーが待っているのだ。
アルたちと名残惜しくもさよならをし、修道院へ大急ぎで戻る。
ジャックとティエリと合流し、ディナー会場へ向かうと、そこでは大勢の巡礼者たちが一堂に会していた。
イメージ的に修道院の食事なので質素な料理が出るのかと思いきや、ちゃんとしたフレンチのコース料理でワインまであった。
知った顔の人たちがたくさんいて、よく食べ、よく笑っていた。
この地で私は旅を終えるが、他の人たちはまだまだ歩く人も多く、また一方でここから歩き始める人もいて、これから先も歩き旅は続く。それに対して羨ましい気持ちも多い。
だが、私はここで旅を終えるというのも悪くない、というよりもむしろ最高のフィナーレのようにも思えた。
途中で、フランス語で書かれた歌詞カードが配られて、アコーディオンの演奏でみんなで合唱をする時間があった。
視覚優位とは言えフランス語が全く読めない私の、あてずっぽうの朗読のような歌にティエリは笑いをこらえていたが、ジャックは指でどこを歌っているかを指してくれて、何とか歌った。
「歌った」と書いたものの、初耳の聞いたことのない歌で、意味の分からない読めないフランス語の歌をどう歌ったのかは未だに謎だが、歌えたようなそんな記憶。

ビーツのサラダを食べ終わったあと。
ティエリと。ストールの巻き方がオシャレフランス人。


ディナーの後、今度は宿泊者に対して、特別に夜の教会を案内するミニツアーが用意されていて、暗くなってから教会の前に集まることとなった。サービス満点の修道院である。
どうやら明日以降にも歩き旅を続ける人たちは早く眠る人も多いようで、参加者は思ったほど多くはなかったが、おかげで教会の前でばったりルドと再会できた。
ルドはフランス人の青年で、時々道で出会ってしばらく喋りながら一緒に歩いた仲。ルドも少し抜けてるタイプで喋ってて道を間違えたりこけたりしていた。ルドのおかげで日本人のAさんに出会うことができたという、物語の鍵を握っていた人物。
連絡先も知らなかったのでもうルドには会えないかなと思っていたら最後の夜に教会の前でばったり出会うことができて、何というかしびれた。
こういう風になっているのだなあと納得するところもあり、粋な展開にしびれるようなそんな感じだった。
Aさんはもうだいぶ先を歩いているらしい。あのエスタンでの一瞬の出会いがいかに貴重だったかをまた身に染みて感じることができた。

夜の教会はというと、それはそれは厳かな雰囲気であった。
特別に入ることを許された少人数で静かに歩いた。ファサード、天井、キャンドル、聖ヤコブ、ステンドグラス、空気。
そして帰り道に改めて見上げた教会と修道院。
その全てが美しくて私の足は、現実世界じゃないかのように、なんだかふわふわしていた。

ルドに「もうこけるなよ」と注意した。お前が言うな的な注意。
ヤコブ様。ちゃんと貝殻がある。

寝る前にティエリとジャックに最後の挨拶をしに行った。本当にこの2人にはお世話になった。いつも優しく気遣ってくれて、明るくて、月並みな言葉だけど、出会えて幸せだった。

仲の良い中年や老年の友達2人組を見るのが男女問わず私は大好きだ。一緒に人生の後半に楽しいことを共に謳歌している友達。
私が大切な友を失くした時に、ドラマの大豆田とわ子のあのシーンと同じように、女友達と2人組で楽しく歩く人たちを街で見かけるのが辛い時があった。あんな風にいつまでも仲良く一緒に過ごせると思い込んでいたのにあの子はもういないという事実を突きつけられるのが嫌だったし、むしろ誰彼なしに憎んでいた時期もある。
だけど時は流れて、年老いて仲良く友達と歩いているペアを見ると温かい気持ちを抱けるようになれた。それは、今いない人も心の中にいるからだと思えるし、そこに友情があることの幸せに対して、羨ましさよりも祈りの方が大きくなったのかなと思えて、そう思える自分自身が誇らしくなる。
私は、一人旅でそういうことを感じたりするのが好きなのである。
ティエリとジャックの2人には、日本から持ってきた貰い物で手作りのフクロウのキーホルダーを2つ、こっそりと手紙を添えて2人の杖にくっつけておいた。明日の朝、歩く時に気付いて喜んでもらえたらいいなと願って。
感謝を込めて。
merci。

ティエリからお礼のメールと共に送られてきた写真。
コンクを去るバス。
(と思って感慨深く記念に撮ったら私が乗るバスはこれじゃなかった…)

まるでドラマの最終回のような最後の夜だった。
ルピュイの道の旅シーズン2が楽しみである。


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長々と「ルピュイの道」の旅の話を読んでいただきありがとうございました。
自分の記憶の整理と、思い出をあとで自分が読み返す目的で書き始めて、書いていて楽しかったですが、読んでもらって感想などいただいたこともとても嬉しかったです。
続きを歩く時が来たらシーズン2を書きたいと思ってます。

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