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(ほぼ)毎日更新ブックレビュー【ふくほん】野中幸宏選03

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講談社BOOK倶楽部のブックレビュー「ふくほん(福本)」に掲載された野中幸宏レビュー分をまとめています。
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日本の刑事司法の異常。裁判官はどのように判決を下しているのか──瀬木比呂志『ニッポンの裁判』

日本の刑事司法の異常。裁判官はどのように判決を下しているのか──瀬木比呂志『ニッポンの裁判』



司法がおかしい、とはここ数年いわれています。冤罪事件や国策捜査にのった裁判所の判断、さらには安保法制で問題になった砂川判決などなど、司法とはどのようなものなのか、何のために、誰のためにあるものなのかと首をかしげたくなる人が多いのではないかと思います。

そのような司法の実態に実例(判決等)に即しながら鋭いメスを入れたのがこの本です。裁判官は誰を見て判決文を書いているのか、そもそも裁判官の判断は

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妖怪が人間に伝えたいこと。気配。予感──水木しげる『のんのんばあとオレ』

妖怪が人間に伝えたいこと。気配。予感──水木しげる『のんのんばあとオレ』



誰もいないはずなのに、どこからともなく音がする……。

見えないはずなのに気配だけは感じられる……。
道ばたの小石が語りかけてくるものがある……。
予感とも言えないけれど胸騒ぎがする……。

これは水木さんが少年時代に身近に感じられたことです。子ども同士のケンカが日常茶飯事であったように、こんな不思議なことが満ちあふれていました。主人公しげー(茂)にその不思議の正体をおしえてくれるのが、のんの

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日本独自の発展をとげた漢字の世界を逍遙してみると……そこには奇妙な受け入れ方も──高島俊男『漢字雑談』

日本独自の発展をとげた漢字の世界を逍遙してみると……そこには奇妙な受け入れ方も──高島俊男『漢字雑談』



「「りくつ」を「理屈」と書くのは、りくつから言えばおかしい。「理が屈する」というのは、話のすじみちがとおらなくなって行きづまることである。「りくつ」は話のすじみちが通ることだから正反対である」

言われていみればそのとおり。それぞれの文字の持っている意味からすれば筋が通らない。でもこれは戦後の漢字教育が原因だと断ずるのは早計。高島さんはさらに「りくつ」を極めていきます。「りくつ」はかつて「理窟

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1分の1を作り上げるという究極のクリエイティブで豪快でしかもシンプルな生活──守村大『まんが 新白河原人 ウーパ!』

1分の1を作り上げるという究極のクリエイティブで豪快でしかもシンプルな生活──守村大『まんが 新白河原人 ウーパ!』



始まりは9年前のこと……。

「都市暮らしの机上でちまちまと漫画を書き続けることにホトホト倦んだ」もりむらさんは一念発起して山奥で自給自足生活をすることを決意します。
「モノカネにふりまわされて、食い散らかし、太り、満足せず、その上疲れてしまうんじゃ、そんなせいかつイミねーじゃん」
と日本中を探し歩き、見つけた場所は福島県白河市郊外の山中。いざ始めようとしますがそんな生活、家人の賛成があったわ

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2人の天才が求め続けたもの、それは〝絶対〟といったものだったのではないでしょうか──小山慶太『光と重力 ニュートンとアインシュタインが考えたこと』

2人の天才が求め続けたもの、それは〝絶対〟といったものだったのではないでしょうか──小山慶太『光と重力 ニュートンとアインシュタインが考えたこと』



アインシュタインが一般相対性理論を発表してから今年は100周年にあたります。光と重力の問題を対象にしたこの理論ですが、アインシュタインより200年以上前に、おなじ光と重力を研究対象にした物理学者がいました。ニュートンです。この本は2人の天才物理学者がどのようにその研究に取り組み、彼らがもたらしたものでどのように物理学、天文学の世界が広がっていったかを一望できる通史ともなっています。

ニュート

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盲点を突く、しなやかでゆるぎない思考力──姫野カオルコ『ああ、禁煙vs.喫煙』

盲点を突く、しなやかでゆるぎない思考力──姫野カオルコ『ああ、禁煙vs.喫煙』



エッセイの魅力の一つに著者の観察力(=発見力)、分析力と、取り上げた対象の味わい方の妙というものがあると思います。この本は「vs.」というタイトルが強烈なものの決して禁煙者と喫煙者の対立(?)を取り上げたものではありません。

「吸う人の中には「吸い方の汚い人、吸い方のなってない人」がいて、そういう人が「ちゃんとした吸う人」に迷惑をかけているのだと、私は強く言いたい。こういう人が煙草のイメージ

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物質的な贅沢だけでなく、精神の蕩尽すらもとめた究極の贅沢の世界──井波律子『酒池肉林 中国の贅沢三昧』

物質的な贅沢だけでなく、精神の蕩尽すらもとめた究極の贅沢の世界──井波律子『酒池肉林 中国の贅沢三昧』



キリスト教に七つの大罪というのがあります。傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲なのですが、奢侈というものは入っていないようです。とはいってもこの奢侈というものには七つの大罪のすべてのものの影を落としているようにも思えます。

この本は中国古代の殷王朝(BC1700年~BC1100年)、最後の王、紂王から中国最後の王朝清の西太后まで中国の歴史に現れた贅沢三昧史です。権力の交代が表の歴史とすれ

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やはり江戸庶民の味方だった名奉行の実像──岡崎寛徳『遠山金四郎』

やはり江戸庶民の味方だった名奉行の実像──岡崎寛徳『遠山金四郎』



市川新之助、中村梅之助、市川段四郎、橋幸夫、杉良太郎、高橋英樹、松方弘樹、松平健のみなさんがテレビで演じたのが『遠山の金さん』シリーズです。古くは片岡知恵蔵主演の映画もありました。

お白洲の前でも悪行を認めぬものたちに、片肌(時には両肌)を脱いで、悪人どもに見覚えのある桜の入れ墨を見せ、見事な裁きをするというこの「金さん」シリーズは時代劇の定番ともいえるものでした。事件の決着の付け方はどこと

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怒りをこめて語られる〝平和的生存権〟というもの──川口創 大塚英志『今、改めて「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』

怒りをこめて語られる〝平和的生存権〟というもの──川口創 大塚英志『今、改めて「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』



本書のあちらこちらからとても力強さを感じてきます、と同時に怒りも。

今回書き下ろされた大塚さんの「はじめに」にこのような一文があります。

「何より、9・11以降、この国では他人の理念を嘲笑い、足蹴にし、執拗なまでに攻撃するという態度に慣れ親しみすぎている。戦場ジャーナリストの死に対し、所詮は金儲けのために戦地に行った、自己責任と切り捨てる態度も同じだ。今回のシリアでの出来事でも繰り返された

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自分だけのお守りにしたくなる言葉のかずかず──吉本ばなな『おとなになるってどんなこと? 』

自分だけのお守りにしたくなる言葉のかずかず──吉本ばなな『おとなになるってどんなこと? 』



「大人になんかならなくっていい、ただ自分になってくだい」

この思いを使えるために吉本さんはたくさんの、けれどもむずかしい言葉を使わずに綴られたものです。中高校生向けに書かれたものですが、
「気持ちがぶれてしまったときや自分でも自分が信じられないほどに落ち込んでしまったとき、この本を手にとりしばらく読み返せばいつのまにか自分の内面が調律できる、もとの軸に戻れる。そういうお守りみたいな本が作りた

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戦後の日本経済を支えた〝戦時体制〟のアナクロニズム──野口悠紀雄『戦後経済史 私たちはどこで間違えたのか』

戦後の日本経済を支えた〝戦時体制〟のアナクロニズム──野口悠紀雄『戦後経済史 私たちはどこで間違えたのか』



「一般には「戦後の民主主義改革が経済の復興をもたらし、戦後に誕生した新しい企業が高度成長を実現した」としています」

この経済史観に対して野口さんは新しい視点を導入します。それが1940年体制史観です。
「40年体制史観では、「戦時期に作られた国家総動員体制が戦後経済の復興をもたらし、戦時期に成長した企業が高度成長を実現した」というものです。

GHQは日本を解体・再編したのではなく、戦時経済

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日付のある文章が明らかにした私たちの危うい岐路──田原総一朗『安倍政権への遺言 首相、これだけはいいたい』

日付のある文章が明らかにした私たちの危うい岐路──田原総一朗『安倍政権への遺言 首相、これだけはいいたい』



中庸ということを田原さんほど体現している人はいないような気がします。もし田原さんが〝左〟に見えるとしたら状況が〝右〟へ異動したのであって、彼の錨はまっすぐ中庸なままのように思います。

「国内でもアメリカからの独立を主張し、日本の防衛力を強化して日本の国際社会での発言力を強めるべきだという意見が尋常ならざる速度で増大している。私は今、世界の、そして日本の正念場を迎えているととらえている」
この

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いつまでも読み継がれてほしい、戦争を忘れないためにも──野坂昭如 黒田征太郎『小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話 戦争童話集~忘れてはイケナイ物語り~』

いつまでも読み継がれてほしい、戦争を忘れないためにも──野坂昭如 黒田征太郎『小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話 戦争童話集~忘れてはイケナイ物語り~』



すべての作品が8月15日という日付から始まります。その日は終戦(敗戦)の日なのにこの物語の中では戦争は終わることなく続いているかのようです。

8月15日以後も戦闘があったかどうかということではありません。戦争の影は無くなることがなかったということなのでしょう。

戦死した父親が作ってくれた防空壕。その中にいると少年は、辛い戦禍の日々が続いても、父親のことを思い出し、生きる勇気が出てくるのでし

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なぜ多くの日本人がそこに居住し、玉砕・集団自決の悲劇が生まれたのか──井上亮『忘れられた島々 「南洋群島」の現代史』

なぜ多くの日本人がそこに居住し、玉砕・集団自決の悲劇が生まれたのか──井上亮『忘れられた島々 「南洋群島」の現代史』



太平洋戦争に敗れるまで日本の委任統治領、事実上の領土となっていた南洋群島。天皇、皇后のパラオ共和国への慰霊訪問やペリリュー島等の死闘も大きく話題となりました。この南洋群島で「なぜ太平洋の島々で日本は戦ったのか。なぜ多くの日本人がそこに居住し、玉砕・集団自決の悲劇が生まれたのか」を追求した力作です。

第1次世界大戦の戦勝国として、旧ドイツ領の南洋群島を委任統治領とした日本、その後のドイツとの同

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