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日付のある文章が明らかにした私たちの危うい岐路──田原総一朗『安倍政権への遺言 首相、これだけはいいたい』

中庸ということを田原さんほど体現している人はいないような気がします。もし田原さんが〝左〟に見えるとしたら状況が〝右〟へ異動したのであって、彼の錨はまっすぐ中庸なままのように思います。

「国内でもアメリカからの独立を主張し、日本の防衛力を強化して日本の国際社会での発言力を強めるべきだという意見が尋常ならざる速度で増大している。私は今、世界の、そして日本の正念場を迎えているととらえている」
この本は田原さんがその状況・空気に対して全身全霊から警鐘を鳴らしているものだと思います。そして強く宣言します。

田原さんは徹底して言論の自由を主張します。ISによる後藤さん、湯川さんの殺害にふれて
「新聞各紙に、今回の安倍首相の中東歴訪とISの恫喝を結び付けて批判する報道がない」と批判し(その後の週刊誌の報道は評価しています)「確かに、ISに対する首相や政府幹部の言動と野党や国民の思いに食い違いがあることは、ISにとっては歓迎すべきことになるのかもしれない。だが、野党というものがなく、国民の批判を受け付けなかった政府が取り返しのつかない誤った戦争をやってしまったことを、私の世代までの人間は嫌と言うほど知っている。そして、日本は制限のない言論の自由があるからこそ、欧米だけでなく、言論の自由が制限されているイスラム教の国々からも信頼が得られているのである」

この言論の自由も穴だらけのチェック機能しか持っていない特定機密保護法の前に危機にさらされています。「治安維持」「治安強化」に転化・汎用されやすい特定機密保護法の危険性はいうまでもありません。
「私のような年寄りは、右傾化を断固阻止する。たとえ、自民党の憲法改正草案にあるように「公益及び公の秩序に反し」て新しい憲法の下で罰せられようと、言論・表現の自由を行使する。ジャーナリズムは「中立・公平」などではなく、インディペンデントであらねばならないのだ」と。これこそが両極端を排している中庸の精神です。

湯川さん、後藤さんの行方不明を知りながらそのことを公表せず選挙へ走った前回の総選挙。そこでは消費税を争点と言っていながら、大勝すると安全保障政策も言っていたという安倍首相、政府与党のごまかし。その場しのぎとしかいいようのない国会での安保法制への政府答弁。原発に対しても使用済み核燃料の最終処理に対して明確なプランを持たずに再稼働を進める安倍政権……。そこに垣間見えるものは(なんであれ)大勝したことで正当化されるという傲慢な姿勢でしかありません。

この本は日付のあるコラムをテーマによって加筆再編集をすることによって、私たちがどのような危うい地点にいるのかを明らかにしています。

今、大きな岐路に私たちはさしかかっています。かりにそれが誤った道だったとしても、田原さんの主張するように言論の自由によって新たな選択肢・道を開くこともできると思います。ジャーナリズムがどうなるのか、それ以前にどうあるべきかを綴った記録でもある1冊だと思います。

書誌:
書 名 安倍政権への遺言 首相、これだけはいいたい
著 者 田原総一朗
出版社 朝日新聞出版
初 版 2015年7月30日
レビュアー近況:Amazon fireTVstickが届きました。競合のAppleTVやChromecastなど、それぞれ提供するサービスやコンテンツが微妙に違い、正に一長一短、帯に短し襷に長しのこのシーンです。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.28
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4337

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