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【回文〆ショートショート】 #8 うぬぼれの一族

【回文〆ショートショート】 #8 うぬぼれの一族

美しい姿になる素因も
美を見抜く才能も
美を愛さずにはいられない習性も
最初から
僕の中にあるんだから

僕が
己の美しさに酔うのは
当然のことなんだ

ナルシストが
嘲笑の的になるのは
知ってるけど

DNAレベルのことなんだから
僕個人の力で
自己愛を
封じようとしたって
不毛な努力だと
知ってるんだ

ギリシャだかローマだかの
昔話に出てくる
ナルキッソスは

もともとは
人間みたいな姿をし

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回文〆ショートショート#7 かりうどの年賀状

回文〆ショートショート#7 かりうどの年賀状

また歳末がやってきた。
年賀状でも書くか。

来年は辰年か。
ということは
今年は卯年だったのか。

干支のことなど
年末年始しか意識しないものだな。

ごく親しい数人に出すだけだから、
枚数はたいしたことない。

パソコンも印刷機も持ってないし、
かといって
市販の印刷済み年賀はがきは味気ないので、
見栄えはよくないが、毎年、
白はがきに手書きすることにしている。
挨拶の文字と、干支の絵。

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回文〆ショートショート#6 破壊のかなしみ

回文〆ショートショート#6 破壊のかなしみ

ほんの数日の間に、
食器などを立て続けに割った。
いずれも、ちょっとした不注意で。

派手な5連発。

形あるものはいずれ壊れるし、
どれもそれなりの期間使ったから、
天寿を全うしたと捉えればよい。

そう理屈ではわかっているのだが。

身近なものが次々と砕け散っていくさまを
目の当たりにして、
私はたいへんかなしかった。

あれもこれも割った…割れてしまった!

特にあのマグカップ。
何か月も探

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回文〆ショートショート#5 むの人

回文〆ショートショート#5 むの人

 先輩、最近変わった。仕事の成績はキープしてるし、センスいい服もメイクも変わらない。見た目は、私がずっと憧れてる先輩のまま。でも、なにかが違う。気配みたいなものが。

 そう思ってたある日。休憩スペースで一人、遅いランチしてたら、お弁当を持った先輩がやってきた。他には誰もいなくて、私たちは静寂の中、食べた。いつもはしゃべるのに。

「先輩このごろ、なんか雰囲気変わった感じ、するんですけど」

 休

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回文〆ショートショート#4 或る菓子の心情

回文〆ショートショート#4 或る菓子の心情

 わしは、小枝。樹木の一部ではなく、そう名付けられた菓子だ。食料品店の菓子棚において長い経歴を持つため、我ながら、知名度は高いと思う。

 ここ数日わしは、タクの勉強机の抽斗にいる。タクはわしを、同級生のトモから受け取った。トモが筆箱を忘れた日、タクは予備の繰出鉛筆を貸した。字消も、二つに切って貸してやった。トモはその礼として、わしと 「紗々」 様を用いたのだ。

 わしと同様に、手頃洋菓子の界隈

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回文〆ショートショート#3 相方の朝食

回文〆ショートショート#3 相方の朝食

 ついに今夜か。目覚めた直後、緊張が込み上げて、僕は無理に深呼吸した。

 月例ライブで高評価のネタは、回を重ねるごとに、テンポ、声の調子、間、すべてが神がかってきて、僕と相方は、かつてない手応えを感じていた。僕たちの漫才が、あるひとつの完成形に近づきつつある、と思った。

 今回は、いけるかもしれない。これでダメなら別の将来を、と決めて挑んだ賞レース。不思議な流れに導かれて勝ち進み、とうとう僕た

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【回文〆ショートショート】 #2 鳥たちのいる水辺

【回文〆ショートショート】 #2 鳥たちのいる水辺

           ※鳥が苦手な方 閲覧注意

俺は物心ついた頃からずっと、鳥が好きだ。でも飼えなかった。姉ちゃんの鳥嫌いのせいで。庭に来る野鳥の餌づけも許されなかった。

中学生になって、ある水辺に行ったとき、野鳥の大群に出会った。すぐ目の前で飛び交う迫力にすっかり心を奪われた俺は、度々そこを訪れるようになった。

最初は見ているだけだった。フォルム、飛び方、鳴き声、全部がかっこよくて、ぜんぜ

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【回文〆ショートショート】 #1 美の旅人

【回文〆ショートショート】 #1 美の旅人

 美意識の高い男が日本のとある村をめざしてヨーロッパの自宅を旅出ったのは、4月下旬のことだった。この時期に、ある花が最盛期を迎えるその地は、旅の上級者たちに楽園のようだと評されており、男の胸は期待に高鳴り続けた。入国審査ももどかしく空港を飛び出し、電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、さらに車を手配し、やっとのことで男は、めざす村にたどり着いた。
 評判は本当だった。その村にはハナミズキが咲き乱れ、この世

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