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回文〆ショートショート#4 或る菓子の心情

 わしは、小枝。樹木の一部ではなく、そう名付けられた菓子だ。食料品店の菓子棚において長い経歴を持つため、我ながら、知名度は高いと思う。

 ここ数日わしは、タクの勉強机の抽斗にいる。タクはわしを、同級生のトモから受け取った。トモが筆箱を忘れた日、タクは予備の繰出鉛筆を貸した。字消も、二つに切って貸してやった。トモはその礼として、わしと 「紗々」 様を用いたのだ。

 わしと同様に、手頃洋菓子の界隈には珍しく、漢字の名を持つ紗々様には、親近感を抱いていた。ただ、所属が異なる上に、繊細な御姿が桁違いに高貴で、同じ棚に並んだ際も、声を掛けられずにいた。馴れ馴れしい菓子だと思われるのを恐れて。

 であるから、紗々様と突然ふたりきりになったあの朝は、動揺した。台所の別々の場所に置かれていた紗々様とわしだったが、トモがそれぞれの紙箱から一包ずつ摘み上げ、対にして筆箱に入れたのだ。




 背嚢の中で揺られつつ、間近に拝見する紗々様は、やはり気高く美しく、わしは硬直した。しかし決死の覚悟で、長年お慕いして来た旨を述べた。声が震えた。

 紗々様は、お優しかった。わしの思いを笑顔で受け止めて下さった。さらに、共に手頃洋菓子界を盛り立てて参りましょう、と凛々しい口調で仰った。心が震えた。

 さらに話を深めようとした時、日光に目が眩んだ。登校途中のトモが筆箱から我々ニ包を取り出し、横を歩くタクに差し出したのだ。

「ペンケースから出るとは」 とタク。
「割れねっしょ。きのうはあざす」 とトモ。

 その刹那、紗々様の包みは破られ、御身はタクの口に消えた。突然の別離にわしは言葉を失い、この世の無常を思った。しかし、タクの 「うめぇ」 の呟きを聞き、すぐに安堵した。紗々様は、全うされたのだ。

 一方わしは、その場では食されず、背嚢に直接入れられた。登下校中、教科書に挟まれたため、身体がばらばらに割れた。そして夕方、タクの部屋で背嚢から出され、抽斗に入れられた。


 ついに、現役最後の日が来た。いわゆる賞味期限だ。しかし個包装に印字はないため、タクは知る由もない。そもそも抽斗に入れたこと自体、忘れている様子だ。賞味期限はあくまで美味を保証する早めの区切り、少々過ぎても支障はない。とはいえ、菓子と生まれたからには、新鮮なうちに人間を旨がらせて消えて行きたい。そう、あの日の紗々様の如く。

 そろそろ日付が変わる。タクは、もう寝るようだ。望みは、薄い。






夜、未だ、食わん。小枝、悶え、困惑だ。「参るよ!」

→よるいまだくわんこえだもだえこんわくだまいるよ←





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