回文〆ショートショート#5 むの人
先輩、最近変わった。仕事の成績はキープしてるし、センスいい服もメイクも変わらない。見た目は、私がずっと憧れてる先輩のまま。でも、なにかが違う。気配みたいなものが。
そう思ってたある日。休憩スペースで一人、遅いランチしてたら、お弁当を持った先輩がやってきた。他には誰もいなくて、私たちは静寂の中、食べた。いつもはしゃべるのに。
「先輩このごろ、なんか雰囲気変わった感じ、するんですけど」
休憩の終わりに、私は聞いてみた。ずっと気になってたから。
ちょっと考えてから、先輩は話し始めた。
「毎日、基本楽しいよ、相変わらず。ただ最近、ハマってるものがあって」
沈黙。
「いいんだよね、む」
「む?」
「そう、無。ない、の無。いろんなことやってきたけど、こんなハマり方、初めて。無、やめられなくて、最近どんどん長くなってて。変わったことっていったら、それくらいかな。サッチ、勘いいね」
私は黙って聞いた。先輩からこの手の話を聞くのは初めてだった。
「LINE、返してなかったね、ごめん。でも最近、スマホ使うのとか、意味わかんなくて。ゆくゆくはそういうの、いらなくなるよ、きっと。テレパシー?みたいなのがふつうになる」
私はただ、無言でいた。疑問は浮かんだけど、なんて聞いていいのかわからなかった。
「今はここの仕事、続けてるけど、急にまったく別の仕事、したくなる予感もしてるんだ。私、変なこと言ってる?サッチならわかってくれそうな気がして、つい。まあ、根本はずっと同じだから。これからもよろしく」
いつもみたいに気さくに笑って、先輩は外回りに出かけていった。
持ち場に戻った私は、昼休みに聞いたことをぐるぐる考えた。無。テレパシー。やばい気もしたけど、あんがい拒絶感はなかった。ふつうのテンションだったから。瞑想、みたいなこと?そっち系は興味ないから、よくわからない。
心の変化は誰にでもあるし、なにを選んだって、幸せならいいと思う。でも、それでも。攻めた仕事して結果出して、おしゃれも遊びもガンガンやる、そんな先輩を追っかけてきた私は、なんともいえない気持ち。昼休みの先輩、いつも通りキレイだったけど、ほんの少し、老けた感じがして、なんかさみしかった。
先輩にはずっと、この現実の、会社っていうステージで、キラキラしててほしかった。目に見えない世界とか、関係ないとこで。
「無、貴い。穏やかなの。良いな、LINEいらない世の中」「やだ!老い!」と、疎む。
→むとうといおだやかなのよいならいんいらないよのなかやだおいとうとむ←
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