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回文〆ショートショート#3 相方の朝食

 ついに今夜か。目覚めた直後、緊張が込み上げて、僕は無理に深呼吸した。

 月例ライブで高評価のネタは、回を重ねるごとに、テンポ、声の調子、間、すべてが神がかってきて、僕と相方は、かつてない手応えを感じていた。僕たちの漫才が、あるひとつの完成形に近づきつつある、と思った。

 今回は、いけるかもしれない。これでダメなら別の将来を、と決めて挑んだ賞レース。不思議な流れに導かれて勝ち進み、とうとう僕たちは決勝まで残った。まさに奇跡だった。


 「腹へったー」 同居している相方が、食べ物を探していた。なにもないはずだが。

 「あった!」 その手には、埃まみれの缶。非常用の乾パンだ。相方は荒い手つきで埃を払い、プルタブを起こした。

 「いて!爪われた」 そう言いながらも相方は、素早くフタをはがし、茶色い四角の乾きものを続けて口に放り込んで、ぼりぼり噛み砕いた。よく食えるな、なんも飲まずに。



 「いってぇ!歯ァ欠けたっ!」 そう叫んだあと、相方はがっくりとうなだれ、動かなくなった。まずい、例のあれかもしれない。

 「決勝の朝だってのに、縁起わりぃ」 相方は、泣いていた。朝日に涙がキラリと光った。

 やっぱりあのモードだ。疲れが臨界点に達したときの。思えば最近、忙しすぎた。好調なときは敵なしの相方だが、ちょっとしたきっかけで地獄のネガティブ状態になる。このもろさで、いくつものチャンスをふいにしてきた。

 またかよ!しかも、よりによって今日?いかん、なんとかしなくては!


 近所の高級パン屋で、相方の好物、あんパンを買って来ようと思った。ただ、二人の所持金は、今日の電車賃のみ。階下の後輩に借りるか。でも、またっスか?の顔、マジで怖い。

 打ちひしがれた相方の横で、何を迷ってる!でもいまだに、借金は心底苦手だ。芸人になって、自分がとてつもなく堅実な人間だと思い知った。

 こんなコンビ、どう考えても芸人に向いていない。でもなぜか僕たちは今夜、まばゆいライトに照らされた、どでかい板の上に立つ。どうせなら、ぶちかましたい。その果ての景色を見に行くって、二人で決めたんだ。それがどんな景色でも、構わないじゃないか。

 よし、千円、借りる。そして、あんパンを、買う。



泣いた、今朝。「爪、歯が痛い!乾パン!」
相方に高いあんパン買いたいが、破滅、避けたいな。

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