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【回文〆ショートショート】 #1 美の旅人

 美意識の高い男が日本のとある村をめざしてヨーロッパの自宅を旅出ったのは、4月下旬のことだった。この時期に、ある花が最盛期を迎えるその地は、旅の上級者たちに楽園のようだと評されており、男の胸は期待に高鳴り続けた。入国審査ももどかしく空港を飛び出し、電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、さらに車を手配し、やっとのことで男は、めざす村にたどり着いた。
 評判は本当だった。その村にはハナミズキが咲き乱れ、この世のものとは思えないほどの絶景に感じられた。そこかしこに狂い咲く花々に囲まれ男は、そのみずみずしい美しさにめまいを感じ、正気を失いかけた。並はずれた美意識を持つがゆえに。



 美の洪水になぎ倒されそうになりながらも男は、通りかかった老女を呼び止めた。そして知る限りの日本語を尽くして、繊細なこの花の美しさを思春期に例え、熱く語った。



 しかし、ほとんど理解していない面持ちで老女は、「あんた、美男子やね」 とだけ言い、立ち去った。



 美男、片田舎、ハナミズキ、飽きず。「見な!儚い、多感な美!」


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