«1995» (9)
田中先生は書類をめくると、
「あっ、水野クンは法学部をふたつ受けているのね」
大学の内部資料でお見通しのようだ。
そして続けざま
「それなら水野クンは、法学部に受かったらこんなところには来ないでしょー?」
とのたまった。
は? 何言ってんのこのオバハン?
僕は呆気にとられていた。
フランス語の勉強を続けたいと思って、行きたくもない予備校にも通って、今日ここまでたどり着いたというのに。
そもそも、これからフランス語を習う学科の面接でフランス語を話せというのもすこぶる奇怪な話。
立て続けにこんないじめに遭う理由が全く理解できなかった僕は、ややムキになってしまい、上智大学だけでなく他の大学にも複数出願していると述べたうえで、第一にやりたいのがフランス語の勉強であり、この意志が変わらぬ以上、合格すれば当然このフランス語学科に入学するしその気持ちは全く変わりません、と声を荒げ大声で反論してしまった。
我に返って面接官らを見ると、メランベルジェ先生は眼がテンになっていて、田中先生はこれ以上いじめるネタがなくなったのか、言葉を失っているように見えた。この後は尻すぼみな質問に終始したように思う。率直に言ってよく覚えていない。
それにしても……
メランベルジェ先生といい、田中先生といい、なぜあのような問答を始めたのか……
面接が終わって廊下に出ると、さっきの女の子が変わらず蒼白な表情をしていた。僕は、彼女に声をかけた。
「そんなに変な面接ではないから、緊張しなくても大丈夫だと思うよ」
実際にはすこぶる変な面接だったのに、なんでそんなことを告げたのか、それ以前に、12年間男子校で育った純然たる非モテの僕が、見知らぬ美人の女子にわざわざ話しかけるなどというのは、普段だったらまずありえないことなのに、面接が終わった開放感はあったにせよ、確たる理由は自分でも覚えていない。ただ、その子の頬に少しだけ血色が戻ったのは記憶に残っている。
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