西島渚

作家です、物語を書きます。

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  • 【新連載企画】世界を、様々な角度で

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君が手を重ねる前に

 何か書こうと思い始めて約一時間、何も書けないまま僕は三杯目のコーヒーを飲み干した。小鳥の鳴く声が数分おきに聞こえて、とりあえず「爽やかな朝だった」と書いてみた。 「あら、何も書けてないじゃない」  陽の光と同じくらい温かい彼女の声が聞こえた。 「仕方ないだろう、書けない時は書けないんだ」 「あなたの中では、それが毎日を指す言葉になってるのね。ちゃんと稼いでくれるの、作家さん?」 「どうして僕の稼ぎを君にとやかく言われないといけないんだ」  そう言うと、フォークを

    • 叙述トリックについて

       最近、5年かけて書いていた小説がようやく結末を迎えた。とても喜ばしいことで思い入れの強い作品だから、これについては後に詳しく書きたいけれどその過程で一つ思ったことがある。それが叙述トリックについてだ。  叙述トリックとは簡単に言うと読者の先入観だったり偏見・思い込みなどを使って意図的にミスリードを起こす書き方。ミステリーで犯人について描かれている中で意図的に性別が確定する情報を減らして「実は男(女)でした!」みたいなやつが代表例だと思う。自分はこのトリックを純文学作家を志し

      • 転がる石

         長所は素直なところ、短所は影響を受けやすいところ。自分のスポンジのような感受性は驚くほどコミュニティや場面において明暗が分かれてしまう。  自宅の近くに流れる小さな川には、時々狐やたぬきが出たりする。遠くから見つめていると石を転がしたり草をむしっていたりするけれど、こちらに何か危害を加えるわけではない。「これが害獣かあ」なんて思っていたりすると尻尾を向けて姿を消す。これからの人生について相談している人からメッセージの通知が来る。  どうやって生きていくべきか、どんな信念を持

        • 2024/02 振り返り

           こんにちは、西島渚です。今月も振り返りやっていくよ、しっかり覚えてた。えらい(友達のnote読むまで忘れてた)。 <書いたもの> ・長編(新人賞用) ・note一作  今月は全体的に本当にしんどくて、常にストレスと戦っていたからなかなか書けなかった。いや、言い訳ですけどね。それも糧にすればよかったんですけど、今月は難しかった。日常生活で精一杯な時間があってもいいと、ようやく思えるようになってきたので来月に淡い期待を抱いておきましょう。 <翻訳> 翻訳については少し

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        • 【新連載企画】世界を、様々な角度で
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          生き急いでナンボやけれども

           はい、関西弁で始まりましたがご機嫌いかがでしょうか。西島です。  数年前、大して世話にもなってない先輩にこう言われたことがあります。 「生き急いでるね~(笑)」  この「~」と「(笑)」が大事です。「!」でも「。」でも「笑」でもなく、「~」と「(笑)」。思い出すだけで腹が立ってきますねえ、後輩にしか相手されんくせになめんなよ、っていう話です。  まあムカつきますけど、僕はよくそう言われます。すぐに結果を求めがち、興味ないことは続かないし計画よりも衝動性が勝ってしまう

          生き急いでナンボやけれども

          2024/01 振り返り!

           こんにちは、西島です。  今年から一ヶ月ごとの振り返りnoteを書こうと決めていたので、早速一月の振り返りをします。早速レッツゴー。 <書いたもの> ・長編(新人賞用) ・短編一作と二作目を途中まで ・note一作  全然書けてないなと思ってたけど、いざ振り返ってみるとまあまあ悪くはないのでしょうか。もっと長編書きたかったし全く執筆できない日もあったのですが、それはまあ今月頑張ることにしましょう。個人的にはうつのnoteが思ったより伸びてビビった。うん、及第点。よ

          2024/01 振り返り!

          「これでよかった」と思える日について

           こんにちは、西島渚です。うつ状態になりました。  序文からかなり重いトピックになってしまってすみません。ですがこれは事実なのです。先日心療内科に行って正式に診断を受けました。うつ病とうつ状態って違ったりするだろうし「こんなのまだ大丈夫だ!」と思われる方もいるかもですが、あくまで自分のための備忘録。よければ読んでください。  受診の経緯は様々ですがおかしくなり始めたのは去年の夏頃、あの頃は自分の言動が今では信じられないと思うほど狂っていました。原因は様々で経済的なことや家

          「これでよかった」と思える日について

          【明石市文芸祭応募作】静謐な蛸で踊る

           ローションを手のひらに塗る。今日、園芸部の田中くんが不登校になって、学校に来ない子どもたちは学年全体の一割を占めた。  教師という職業の優劣は、残酷なほど単純に決まる。同僚、主任、校長や教頭、保護者、そして生徒からどれだけ多くの「納得」を得られるかどうかだけだ。生徒をどう扱うか、そして生徒にどう向き合うか、学級内や部活動での立ち居振る舞いやテストの成績を鑑みて、彼らが「納得」できる学校を作る。それが、優れた教師だ。  田中くんは、クラスでもとりわけ個性のない子だった。誰

          【明石市文芸祭応募作】静謐な蛸で踊る

          卵を焼く日々

           一人暮らしを始め三ヶ月が経ち、スーパーで特売される卵は生活の相棒となっていた。白米を炊き卵を小さなフライパンで焼きケチャップを掛けると大抵の空腹は満たされ、最低限の食費で一日を過ごすことができる。時折だし巻きにすることもあれば、精神が煩雑な日はスクランブルエッグで済ませたりもする。徐々に固体へと姿を変える、サラダ油の上で踊るそれを見つめながら菜箸を無造作に動かす。  寒い日が続くわけだが、まだコートを卸していない。元来面倒なことは後回しにする傾向があるが、この頃は拍車がか

          卵を焼く日々

          【小説】吹き出す、膨大な量の青い雲

          「ああ、あの日のことは鮮明に覚えてる。俺は分娩室の前なんかじゃなく外回りをしていた街の一番勾配が強い坂道で、夕陽を眺めてた。今でも言われる。『あの時出産を見守ってくれなかったから、いつもあんたにはメインディッシュを少なく作る』ってね。もちろん、反論の余地なんかないさ」  少し薄くなった髪を弄りながら、男性は照れた表情を見せた。 ——意外でしたね、息子さんからは夫婦円満で今でも二人で観に来ると仰ってましたよ。 「まあ、仲はいいよ。もう結婚して三十年になるから。ただ、若い頃

          【小説】吹き出す、膨大な量の青い雲

          右手にできたマメ

           2023年、早くも自身の体に一つの変化が起きた。それは右手の掌にできたマメだ。  よく、手は人を表すという。中学・高校時代は中指にペンだこができ、大学時代は指先にギターのたこができる、フリーター時代にはその指先のたこに加えて手首が腱鞘炎になった。ずっとパソコンを触って、執筆していたからだ。  それが今年、就職しギターから離れてしまうと指先は柔らかくなり、代わりに指の生え際が硬くなった。平日、サラリーマンとして外を歩き回って行くにつれて、鞄を握っていたツケだ。  時々、

          右手にできたマメ

          団地とサンタクロース

           青い空に包まれた、不気味な住居の群衆には子供がたくさん住んでいる。子供達は常に同じ服を着て、寒い雪の日でも部屋の中を駆け巡っていた。クリスマスイブのことだ。  そんな群衆の中の、ある一部屋を覗いてみよう。幼い兄弟が二人、小さい机を中心にして追いかけっこをしている。机に向かう女は彼らを怒ることもなく、金色の飾り物や煌びやかなレースに傷はないか、じっくりと点検していた。 「サンタさんはいつ来るの?」 「サンタさんはもうすぐ来るよ!」  駆け周りながら、兄は弟の質問に答え

          団地とサンタクロース

          花を育てる女

           この街には、花を育てる女がいる。  花と言ってもただの花ではない。赤やピンク、緑や紫など、様々な色の花は全て海水を養分としているそうだ。 「この子達はね、とっても元気なの。海水をたっぷり吸ってカッコよく咲くの、海兵さんみたいじゃない?」  腰の曲がった女は独特な比喩表現を使いながら、花に水をやった。「しょっぱいのがいいみたい」と漏らしながら、ゆっくりと庭を周る。海水で作られた人工池の水面には、庭の奥に聳える和室が反射していた。そこには赤いランドセルと、卒業証書が入った

          花を育てる女

          黒いレモネード

          「ねえ、この写真知ってる?ドリンクのやつ」    金髪の女は、傷んだ毛先を気にしながら言った。   「ああ、あれでしょ?“この飲み物が何か分かれば、大金ゲット!”ってやつ」    銀髪の女は、金髪の女の携帯画面を覗きながら言った。尖ったピンクのネイルが、照明に反射する。   「黒いよね、コーラでしょ」   「いや、コーヒーじゃない?」   「ええ~?でも泡あるよ」   「じゃあ、あれだ。烏龍茶!」   「余計違うでしょ」    二人の女は、海の家で働いている。閉店後の店内でレ

          黒いレモネード

          揺蕩う

           風鈴が鳴る。海月の形をした風鈴が、触覚を揺らす。  青年はベンチに座って、屋根に向かって腫れた右手をかざす。ジーンズの左ポケットには、皺だらけのドル札が数枚。意識は朦朧としていた。 「お前も、嫌な形してるなあ。思い出しちゃうよ」  六角形の屋根の向こうには、黒く深い海が見える。さっきまで入っていた海は静かに波を立ていて、青年は目を瞑り首を振った。波の音を意識すると、痺れがより酷くなるからだ。 「こんな仕事、誰もやりたがらねえ。お前に刺されると毒が回るし、下手すりゃ死

          光る貝を巡って

           海の中で光る貝を見つけると、願いが叶うらしい。  しかしそれはとても希少で、オーパーツのようなものだ。  それっぽいものを見つけても、実は錆びていたり貝殻を砕くと光の正体はLEDライトだったりする。  肺が萎み始めると水面に顔を出して、精一杯息を吸う。真っ黒な海に首まで浸かって、ぼうっと島のほうを見つめると少し辟易とする。「明日の今頃も、こんな風なのか」と。  光る貝は音も出さず、また匂いもない。それらが存在しないという根拠はないが、漁船と潮の香りが邪魔をするから無

          光る貝を巡って