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揺蕩う

 風鈴が鳴る。海月の形をした風鈴が、触覚を揺らす。

 青年はベンチに座って、屋根に向かって腫れた右手をかざす。ジーンズの左ポケットには、皺だらけのドル札が数枚。意識は朦朧としていた。

「お前も、嫌な形してるなあ。思い出しちゃうよ」

 六角形の屋根の向こうには、黒く深い海が見える。さっきまで入っていた海は静かに波を立ていて、青年は目を瞑り首を振った。波の音を意識すると、痺れがより酷くなるからだ。

「こんな仕事、誰もやりたがらねえ。お前に刺されると毒が回るし、下手すりゃ死ぬやつだっている。俺だって、こんだけ手が腫れても今晩の酒くらいしか買えねえ」

「でも”底”に戻るのはマシだ」そう呟いて、青年は立ち上がった。顔は紅潮し千鳥足を披露しながら、足元に置いた大きな網を引きずる。

 その網には、はち切れるほど白い海月が詰め込まれていた。皆、息を亡くし硬直したまま傘に砂利を付けていた。

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