生き急いでナンボやけれども

 はい、関西弁で始まりましたがご機嫌いかがでしょうか。西島です。

 数年前、大して世話にもなってない先輩にこう言われたことがあります。



「生き急いでるね~(笑)」

 この「~」と「(笑)」が大事です。「!」でも「。」でも「笑」でもなく、「~」と「(笑)」。思い出すだけで腹が立ってきますねえ、後輩にしか相手されんくせになめんなよ、っていう話です。

 まあムカつきますけど、僕はよくそう言われます。すぐに結果を求めがち、興味ないことは続かないし計画よりも衝動性が勝ってしまう。ここ数年は特に顕著でなかなか自分でも苦しんでたことではあります、つまり生き急いでいることによって迷走していたのです。

 じゃあ生き急がなきゃいいじゃんという話ですが、それは少し違うと思うんですね。だってどっちにしろ、そんなこと無理だから。

 僕はずっと焦ってます。自分の年齢やステータスありとあらゆる指標がRPGゲームのバロメーターのように常に評価されていると思ってるし、うつもこの感情が原因で起こったのかもしれません。それに加えてのSNS、X(Twitter)(この注釈いつまでやればええの)やInstagramでは常に他人の生活がとめどなく流れてきたり炎上や風刺など、もう本当にこりごりです。最近は見る時間を敢えて減らしてるんだけど、それでも自分と誰かを比べることはゼロじゃない。

 でも、それでも生き急ぐことは悪いことじゃないと思う。だって劣等感や枯渇を覚えるこの状況が、自分にエネルギーをくれるから。きっと急いで何かを求めなくなってしまったら、自分は創作をできなくなる。

 だから大事なのは「生き焦らない」こと。急ぐことと理性は成り立つと思うけど、焦っていると理性や正常な判断を失って迷走してしまう。自分にはまだまだ足りないことだらけ、小説もすぐに結果が出るわけでもないし音楽もゆっくりと音源を出せばいいし、翻訳もすぐに仕事にできるわけじゃないから学校にさえ通ってればいい。仕事も恋愛も、日常生活もお世話になった人への恩返しも、全部理性を保ちながら急げばいい。生き急ぐはおけ、生き焦るはダメ!

 そんなマインドで最近は生きています。これから三年・五年くらいで色々結果が出ればいい。今はただ、いろんな色や性質をした土に種をまいて愚直に水をやるのみですよ。

#この経験に学べ

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