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(~'21/12/27)特許法93条 公共の利益のための通常実施権の設定の裁定(公益裁定)

 記事が長くなったので、別々に更新しています。
 特許法93条についての記事はこちら。裁定請求についての記事はこちらです。

1.制度趣旨

 特許法93条は、特許発明の実施が公共の利益の為に特に必要である場合に経済産業大臣の裁定により強制的に通常実施権を設定する制度です。

 特許権は独占排他権であるため、特許権の存在が公共の利益を害し、国民に多大な損害を与える事が考えられます。そのような場合には何らかの措置が必要ですが、私権の制約は公共の利益を守るという目的のためであっても必要最低限にすべきですし、また、通常実施権の設定によって全ての場合の要請に応じうるので、特許法は93条の裁定制度を設けています。

2.経済産業大臣が裁定することとした理由

 公共の利益のため特に必要であるかの判断をしなければならないし、他の行政機関(たとえば、厚生労働大臣等)からの請求が予想されるためです。

 現状(2021年09月22日)では裁定がなされた実績がありませんが、「公共の利益のため特に必要であるとき」に該当するか否かを、どのような判断基準を用いて判断するかが重要と思われます。

3.他の裁定との関係

 不実施裁定(83条)の場合、実施がなされていない正当理由がある場合には、通常実施権設定の裁定はなされません。しかし、本条ではこの規定は不準用です。これは、例えば、致死率の高い悪性伝染病の特効薬の特許のように、公共の利益の為に実施させることが「特に」必要な場合、使える製薬工場を全て使って特効薬を作る必要があります(そうしないと、国民が全滅してしまう可能性がある)。この例は、悪性伝染病による国家緊急事態の例ですが、このような場合にまで、特許権者の正当理由を考慮すべきではないからです。

4.具体例

 逐条解説に記載されている公共の利益のため特に必要であるときの具体例は以下の2例です。
①発電に関する発明であってその発明を実施すれば発電原価が著しく減少し需要者の負担が半減する場合
②ガス事業に関する発明であってその発明を実施すればガス漏れがなくなりガス中毒者が著しく少なくなる場合

5.その他

謄本送達により協議が成立したと擬制されます。

特許法93条の規定による裁定は、2021年09月22日の段階では、行われた例がありません

 なお、朝日新聞さんの記事によると、特許法93条の規定による裁定「請求」は過去に1度だけ行われたようです(情報元)(こちらで確認した範囲では、特許法93条の規定による裁定請求がなされた事実は確認できませんでした)。

 平成16年(2004年)3月3日に行われた産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の資料で以下のような記載がありました。

5.裁定の実績
これまで特許権、実用新案権及び意匠権を合わせ計 23 件(不実施 9 件、利用関係 14 件)の裁定請求が行われているが、いずれも裁定に至る前に取り下げられており、裁定により通常実施権が設定された事例はない。

5.1.解説の絵を描いていただきました!

・おっさん特許技術者(@ossan_tokkyo)さんにお願いして、裁定に関する解説画を描いていただきました! 

5.2.21/09/21位からの公益裁定に関するツイートについて

 21/09/21位から、多少、公益裁定に関するツイートが見られました。これらは、高橋政代先生(@masayomasayo)の以下のツイートが発端と思われます。

 確認した範囲では、理研さん及びヘリオスさんの共有特許権は、特許6518878号(発明名称:網膜色素上皮細胞の製造方法)、特許6518878号の分割である特許6850455号と、の2つだと思います。また、これらの特許は、上述のツイートをされた高橋政代先生が発明者の一人です。より詳細には、特許6518878号は、発明者が澤田昌典先生、高橋政代先生、関口清俊先生の3名で、特許権者が、株式会社ヘリオス、国立研究開発法人理化学研究所、国立大学法人大阪大学の3者(社)です。

 ヘリオスさんは大日本住友製薬さんと共同開発契約を結んでいたようです。また、2019年6月13日付の発表によると、この契約内容は変更され、RPE細胞医薬品の製造・販促を行う合弁会社である株式会社サイレジェンを設立することになっています(情報元1)。

 一方、株式会社ビジョンケアのHP(情報元2)によると、高橋先生は、元々は理化学研究所に在籍され、2019年8月から株式会社ビジョンケアの代表をされているようです(情報元2)。

 これだけの情報から推測すると、高橋先生は、理科科学研究所等の主導によるRPE細胞医薬品の開発を、外部機関による開発に変更するという方針に納得できず、別の組織(会社)に移られたようにも見えます。

5.2.1.個人的な想像

 医療分野は専門外なので、このブロックの記載は想像に基づくものです。
 上記高橋政代先生(@masayomasayo)のツイートによると、網膜色素上皮細胞の製造方法(特許6518878号、特許6850455号)の有効性は、治験で「確認されていない」ようです。有効性が治験で確認されていないのであれば、実際に有効か否かが不明な特許に対して、特許発明の実施が公共の利益のため特に必要(特許法93条)と認定される可能性は低いものと考えます。

 「公共の利益のために特に必要」の判断基準について考えてみました。「公共の利益のために特に必要」と判断する際の基準は、①代替手段がないこと、②即時実施できること、③即時実施しないと(放置した場合)死者が出るなど回復不能な被害が発生すること、を満たす必要があると思います。

 考えた基準の根拠、理由について説明します。
 「①代替手段がないこと」は、代替手段があれば、そちらを使えば良いからです。「②即時実施できること」は、そもそも即時実施できないのであれば、裁定によって実施権を設定する必要はないからです。最後に、「③即時実施しないと(放置した場合)死者が出るなど回復不能な被害が発生すること」は、例えば、薬剤投与などで事後的に回復可能な範囲に維持できるのであれば、その薬剤投与なども検討すべき手段の一つとなりうるからです。したがって、この点からも、公共の利益のために特に必要と認定される可能性は低いと考えます。

 さらに、本件は産学連携の研究開発成果ですが、研究開発費(実際の開発費と、治験費等を含む)を負担している組織・企業に対して、元構成員が公益裁定を請求しているように見えます。この点は、特許法93条の「特許発明の実施が公共の利益のため特に必要」とはあまり関係なさそうですが、請求が認められるとは考えにくいです。

5.2.2.まとめ

 最終的に、この請求の結果がどのような結果になるかは分かりませんが、結果として、NPE(Non-Practicing Entity)へのライセンス供与裁定(不実施裁定)などが広がることにより、技術の進歩がさらに加速することを期待します。なお、NPEは、パテント・トロールという単語の方が馴染みがあるかもしれません。

6.関連記事等

 栗原先生とドクガク先生が記事を書かれていましたので、リンクを張っておきます。朝日新聞さん、神戸新聞さんの記事を見つけましたので、こちらもリンクを張りました。

・特許法93条

(公共の利益のための通常実施権の設定の裁定)
第九十三条 特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができる。
2 前項の協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、その特許発明の実施をしようとする者は、経済産業大臣の裁定を請求することができる。
3 第八十四条、第八十四条の二、第八十五条第一項及び第八十六条から第九十一条の二までの規定は、前項の裁定に準用する。

●記事の履歴
(~'21/09/21)特許法93条 公共の利益のための通常実施権の設定の裁定(公益裁定)
(~'21/09/30)特許法93条 公共の利益のための通常実施権の設定の裁定(公益裁定)


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